バッチィィィィィィンッッッ!!
「うぶっ!!」
まだ外は春の陽気と言った所だけど、あたしの目の前には大きな紅葉が色づいていた。
もちろん、あたしの平手で出来た、恋人……『元』恋人の顔のアザだ。
「……別れましょう」
「――――え?」
「別れようって言ったのよ! もうアンタには愛想が尽きたわ!」
「ま……待ってくれよブル……」
「うるさい! 知るか! とっととあの女の所にでも行ったら良いじゃないの!」
軟弱にすがり付く元カレをばっさり斬り捨てて、あたしは大股でその場を去った。
まだなんか後ろから叫んでいるけど、もう聞こえない。
いや聞かない。耳に入れてたまるか、あんなヤツの声!
……だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ聞こえるなっつーの!
やがてようやく自分の部屋に着いて、あたしは荒々しくドアを閉めた。
――途端、頬が熱い。
理由はすぐに分かった。
涙がとめどなく溢れている。
「……ふぇ…………」
だめだ、我慢出来そうにない。
――――そもそも完全防音室なんだから、我慢することなんてないか。
それに気づいたら、あたしのダムはあっさりと決壊した。
「ふえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇんっっっっ!!」
あたしの名前はブルマ。
西の都の大企業、カプセルコーポレーションの一人娘である。
そしてたった今。あたしは失恋した。
ドラゴンボールSS 『最強のコイビト』
「う゛〜……おはよ」
「おはようブルマ」
真っ赤な目の下に大きなクマを作って、パンツ一丁とタンクトップで出現した愛娘に、しかし父さんの反応はそっけないものだった。
まあそれも仕方ないか。あっちも見慣れてるし、こっちも見せ慣れてるんだからね。
「…………ヤムチャは?」
「今朝早くに出て行ったよ。
なんだか随分気落ちしていたね。
天津飯君の所に行くと言っていたよ」
「…………そう」
あたしは隠さず、溜息を吐いた。
「別れたのかね?」
「まーね。思いっきり振ってやったわ」
「そうか」
それっきり父さんは新聞の方に目を落とし、何も言ってこなかった。
「はい、どうぞ」
「あ……ありがと母さん」
いつの間に来ていたのか、母さんがよく冷えたアイス・コーヒーを出してくれた。
いつも笑顔を絶やさないその顔は、けれど今日は少しだけ翳っていた。
もっとも、あたしや父さんにしか分からない差だろうけど。
アイス・コーヒーをまず一口転がして、それから残りを一気に胃に流し込む。
カーン!
「――――っしゃぁ!」
自分でもいかがなものかと思う声と共にグラスを打ち付けて、あたしは笑って母さんの方を見た。
「ありがと、でも大丈夫よ母さん。
昨日の夜に、思いっきり泣いておいたんだから!」
「そう? なら良いけれど、無理はしないで下さいね」
「まっかしといてー」
言うなりあたしは立ち上がり、自分の部屋へと戻って行った。
「…………はぁ」
空しい。
今日は休日。
ホントならヤムチャとデートだった日。
だけどその日は、もう永遠に来ない。
「なーんであんなヤツ好きになっちゃったんだろな…………」
ほんと失敗した。
何が失敗って、孫くんをキープしとかなかったのは失敗だった。
世間知らずでチビなガキだった孫くんが、まさかあんなに良い男になるとはねー。
……いや、今でも世間知らずは変わらないけどさ。
「――――あー、どっかに孫くん並の良い男が落ちてないかなー。
って、そもそもサイヤ人じゃないとダメなのかしら。
…………ん? サイヤ人?」
あ……そーいやウチにいたんだったわね、サイヤ人。
まぁ地球的に言えば孫くん以上に世間知らずで、ちょっとノーサンキューなヤツだけどね。
ヒマだし、ちょこっと様子を見てみようかしら。
そんなわけで、アイツにあてがわれた部屋に向かい――――
「――――っ!?」
アイツのために父さんが作った重力制御室に入ろうとして、あたしは即座に異変に気づいた。
普段ならうるさいほどの気合いが、今日は全く聞こえない。
あたしは迷わず、入り口ではなく管制室へと走った。
管制室の覗き窓から中を見て、予想通りベジータは倒れ伏していた。
300倍の重力を発生させたそのままで。
「……あの馬鹿っ!」
緊急停止のボタンを押すと、目に見えてベジータの体にかかっていた圧力が消え失せた。
「ちょっとアンタ、生きてるの!?」
言いながらベジータを観察すると、僅かに肩が上下しているのがわかる。
取りあえず安心すると、途端に怒りが込み上げてきた。
「まったくもう! ぶっ倒れるほど無茶な修行すんじゃないわよ!
アンタが死ぬのは勝手だけど、この家の敷地内で死なれたらウチにまで迷惑がかかるんだからね!」
しかも、父さんが作った重力制御装置が原因の死なのだから、企業としても管理責任を問われるだろう。
と、ようやく意識が戻ったのか、はたまたあたしの声で目が覚めたのか、ベジータはゆっくりと体を起こした。
「……ち、うるさい女だ」
「なっ――!?」
どうやら後者だったらしい。
それも限りなくムカつく意味で。
「あ、あんたねえ! 命の恩人に向かって言うにこと欠いて第一声がそれ!?
ふざけるのも大概にしときなさいよ!」
「命の恩人だと? ふん、もう少しで何か掴めそうだったものを邪魔しやがって。大した恩着せがましさだぜ」
「――――――っ!!」
な…………
なによなによなによっ!
「興が削がれちまった。あばよ」
捨てゼリフを残して、あの自己中王子は去っていった。
あたしはしばらく声も無くわなないて――――
「あほんだらーーーーーーーーーーっっっ!!!」
およそレディに相応しくない雄叫びを上げていた。
「……ったく、ほんっっと頭に来るわ!」
ひとっ風呂浴びてペットボトルのコーラを一気飲みしても、腹いせにさえならなかった。
「神龍に頼んで、アイツの頭、禿げさせてやろうかしら。…………ぷ」
何の気無しに言った言葉だったが、思いの他ツボにはまった。
禿げてなおニヒルに決めようとする、誇り高きサイヤ人の王子。
考えれば考えるほど、笑いを取りに来ているとしか思えない。
天啓のように閃いたナイスな想像で、ムカつきは若干収まった。
「…………っはっは、あーおかし。
――――ってあれ、ベジータ?」
何気なく窓の外に目を落としたら、シャワーでも浴びたのだろうか、ラフな格好をしたベジータが歩いていた。
特に興味を引かれたわけでもないが、さりとて目を背ける理由も無く、あたしは彼を目で追っていた。
やがてベジータは、ウチの庭でも結構大きめの楠の木の下に来ると、背を預けて目を閉じた。
そのまま何をするでもなく、じっと動かない。
瞑想しているのだろうか? でもそれなら、あいつの性格からしてウチではなく、北の岬辺りでするだろう。
あんなに目立つ所にいたら、声をかけてくれと言っているようなものである。
そのくせ、目を閉じて斜に構えたその姿は、紛れもない拒絶を顕している。
今まで気にも留めなかったが、アイツの行動はちぐはぐだ。
何と言うか、まるでクラスの輪に入れない転校生みたいに……。
ドクン……!
そんなベジータの様子を見ていたあたしの胸が、ふと閃いた答えに大きく波打った。
まさかとは思う。
自分以外の誰かから聞かされたら、「そんなバカな」と一笑に伏すだろう。
だけど、思いついてしまったからには、その考えを否定できない。
「ひょっとして、寂しいの? アイツ……」
純粋なサイヤ人は、もうあと彼と孫くんだけ。
しかも孫くんは、根っこではサイヤ人の血が息づいてるとは言っても、ほとんど地球人みたいなものだ。
かつて1つの星の王子だった彼を讃える者は、もういない。
見知らぬ星でただ独り、表面では強がっているけれど、内面ではどうなのだろう?
――知りたい。
――彼の心の内をもっと知りたい。
それからと言うもの、あたしは暇さえ有ればベジータを観察した。
食事はなるべく一緒に摂るようにし、洗濯にかこつけて寝室に出向いたりもした。
ベジータが外出したら、同じ方向に用事を作り、家に戻れば用事は立ち消えた。
彼は訝しがりながらも特に咎めもしてこなかったが、
あたしが3度目の差し入れをトレーニング室に持って行った時、さすがに不信感が芽生えたようだった。
「……何のつもりだ?」
「なにが?」
「ふざけるな! ここ何日か周りをウロチョロしやがって、何を企んでやがる!」
「別になんも。じゃ、アイスは管制室に置いとくから」
「な、待て――――ちっ!」
構わずスタスタ立ち去ってやると、後ろの方から忌々しげな舌打ちが聞こえてきた。
その日の夜、ベジータが寝静まってからもう一度管制室に行ってみると、そこにはアイスのカップが放り投げられていた。
そして、その中身が無かっているのを確認すると、自然と笑みがこぼれる。
「――――可愛いとこあるじゃん」
拾い上げたカップを台所に持っていく足取りは、自分でも不思議なほど軽かった。
それから3日後、それは起こった。
いつものように、ベジータの後ろをつけるようにして歩いていたら、突然肩をつかまれた。
人通りの少ない路地だったが、つけてる相手があまりに規格外なヤツなので、警戒心がマヒしていたらしい。
「ようねーちゃん、暇そうだな。俺達と遊んでよ」
「…………暇じゃないわ、自由研究の最中なの。だれか別の子を捕まえてちょうだい」
典型的なチーマーである。にべにも無く、あたしは斬り捨ててやったが、
「俺らはアンタが良いって言ってんだよ!」
「つべこべ言わず来いよオラ!」
「ちょっ……ヤダ、放して!」
強引にあたしを路地裏に引き込もうとするチーマー達。
ちゃらちゃらしてる奴等とは言え、決して腕っ節は弱そうじゃない。
「いや……!」
あたしは抗う術も無く路地裏に引き込まれて――――
「そのくらいにしておけ」
それを止めたのは、予想通りの――しかしある意味、とても意外な声だった。
「なんだてめぇ!」
「これから楽しもうってのに邪魔する気かよ!?」
多勢でベジータを囲んで凄むチーマー達。
だが無論、ベジータがそんな事で臆する訳もなく、
「その女は俺の宿主でな。ここで見捨てて行くのも夢見が悪そうだ。
お前らのようなクズは殺す気も起きん。10秒待ってやるから目の前から失せろ」
「はぁ? てめぇこの人数相手に勝てるとでも――――」
――――そりゃ思ってるわよ。
あたしが心の中でベジータの気持ちを代弁したのと同時だった。
ぐばんっ!!
『――――っ!?』
チーマー達が1人を除いて一様に息を呑む。
その1人は、20メートル程先で、腕を変な方向に曲げて伸びていた。
今の瞬間を見えた者など誰もいないだろう。
かく言うあたしだって「ああ、多分超スピードで蹴ったんだろうな」ぐらいにしか分からない。
「手加減なんてガラでもない事を、そう何度も続けられると思うなよ?
次は多分殺す。分かったら、とっとと消えろ」
もちろん、その言葉に逆らえるだけの胆力を持ったヤツはいなかった。
それを見届けると、ベジータはいかにも面倒そうに、また歩き出す。
「あ……ありがと」
呆気に取られていたあたしは、その後姿を見て、やっとの事で声を出す。
ベジータは振り返りもせず、言葉だけ返してきた。
「ふん、気が向いただけだ。次は無いと思え」
そんなベジータを、あたしは思わず呼び止めていた。
「――あの……さ!」
強い呼びかけに、ようやくベジータは足を止め、肩越しにあたしを見る。
「……なんだ?」
「どうして今の奴等、殺さなかったの?」
「殺して欲しかったのか?」
「いや、そうじゃないけどさ」
「重力制御装置は、お前のオヤジでなければ作れんのだろう?」
そこまで言って、ベジータはあたしに興味を失ったように歩き出した。
正直言って意外だった。
考え無しだとばかり思っていたが、意外に思慮があるのかもしれない。
――――ちょっと、良い男…………かも。
どうにも、困った事になった。
あの日、チンピラに絡まれていた所を、ベジータに助けてもらってから、アイツの事が頭から離れないのだ。
寝ても覚めても、考えることはベジータの事ばかり。
暇が有れば、管制室からアイツのトレーニングを眺めて、料理のメニューも、アイツの好みばかりが頭に浮かぶ。
昨日など、夢に出てきて、そ、その……あはは。
はぅ。
「43回目だね」
「へ?」
すっかり冷め切った、ベーコン・エッグの黄身をつっつきながら、悶々としていたあたしに、父さんが唐突にそう言った。
「朝食中に吐いた、ため息の数だよ。これは新記録だ、おめでとう」
「…………あ、そう」
ンな事を記録してたのか、このバカ親父は。
内心、父さんが言う所の、44回目のため息を吐いていたあたしだったが、次の父さんの言葉にはギクリとした。
「ちなみに、42回ため息を吐いた日は、ブルマがヤムチャ君の事で一番悩んでいた日だよ」
「――――え?」
いきなり、なんて爆弾を投げつけてくれるのか、この父は。
しかし、それが本当だとしたら、あたしは今、ヤムチャと付き合ってた時よりも、真剣に悩んでいたって事?
「恋かね?」
「え? あ、それは、その……」
それだけ言って、父さんはしどろもどろのあたしには頓着せず、再び新聞に目を落とした。
その事にはムカッと来たものの、あたしの頭の中には、父さんの言った一文字が渦巻いていた。
『恋』
そうなのかな、あたし今、アイツに恋してるのかな?
いくら何でも、現金過ぎる話じゃないだろうか?
ヤムチャを振った舌の根も乾かないうちに、もう恋を始めるなんて。
しかも、相手は一度は地球を滅ぼしかけたような奴。
普通に考えたら、あたしの手に負えるわけも無い。
けれど、どうやらこの気持ちは本物らしくって――止められそうに、ない。
あたしの名前はブルマ。
西の都の大企業、カプセルコーポレーションの一人娘である。
そしてたった今、あたしは恋をした。
あたしの自慢できる所は、その行動力だと思う。
こうと決めたら迷いはしない、その目標へと突っ走るだけ。
思い返して見ると、あたしは結構、アイツにアプローチを掛けていた事に気付いた。
普通、好きでもない奴に、アイスを差し入れたりしない。
普通、好きでもない奴の、トレーニングを見学したりしない。
普通、好きでもない奴と、あんなことする夢なんて見ない。
結論――後は、告白するだけ。
先送りは、心を鈍らせるだけだから、あたしはそれに気付いた瞬間に、ベジータを呼び出した。
場所は、中庭の楠の下。
そして今、あたしの目の前には、面倒そうな顔を隠しもしないベジータがいた。
相手はあのベジータ、変化球など要らない。
あたしは、かれの目をしっかり見据えて、言った。
「単刀直入に言うわね――――スキ」
我ながら、潔い一言だと思う。
そんなあたしの言葉に、ベジータは片眉を跳ね上げて……
「……ほぅ、いい度胸だな?
俺の動きにそんなに隙が有るか――その身を以って試してみるか?」
時間が止まった。
なんだこの戦闘バカは。この戦闘バカはなんだ。
どうしてそんな勘違いをする事が出来るのか。
あたしは内心、頭を抱えながらも、冷静に訂正する。
「――そうじゃなくて、あたしはあんたに恋をしたって言ってるのよ」
「なに?」
ベジータの表情が、見たことの無い呆けたものになる。
と、すぐにそれはナリを潜め、不機嫌な表情になる。
「馬鹿馬鹿しい……何を言い出すのかと思えば、くだらん。
この俺が、ひ弱な地球人の女など相手にするとでも思ったのか?」
「させて見せるわ」
ベジータの言葉に、臆さずはっきりと答える。
あたしの態度に気圧されたのか、一瞬ベジータが言葉に詰まる。
が、すぐに気を取り直し、変わらず居丈高に言い放った。
「戯言を言うな。気高きサイヤ人の王子であるこの俺が、サイヤ人の女以外を見初めるわけがなかろう。
カカロットと俺は違うんだ」
「でも、サイヤ人の女性なんて、もういないでしょう?」
「――――貴様」
あたしの言葉に、ベジータの目が細まる。
そう、それがアイツの泣き所。
惑星ベジータの消滅によって、サイヤ人はもはや、ベジータと孫くんしか残っていないのだ。
しかし、それに触れることは、すなわち手負いの獣の傷を抉ること。
「今の言葉、もう一度言ってみる勇気があるか?」
「何度でも言ってやるわ。
サイヤ人に、もう女性は残っていない。
だから、あんたの相手をすることができるのは――――きゃぁっ!?」
――――衝撃を感じたと思った瞬間、あたしの体は空に在った。
唐突に腕をひっつかまれ、ベジータはあたし諸共、どこかへと飛び立つ。
風よりも速く、無理な体勢で引っ張られている腕が、肩から外れてしまいそうなほど痛む。
それでもあたしは、呻き声一つ上げなかった。
――――ズダアァァァンッ!!
「くあぁっ!!」
轟音と共にベジータは着地し、そのあおりを受けて転がったあたしは、全身がバラバラになったような衝撃に、さすがに声を上げた。
しばらく、まともに呼吸も出来ずに、酸素を貪る。
やがて、ようやく動悸が収まり始めたあたしの胸倉を、ベジータは容赦なく掴み上げてきた。
「周りを見ろ、ここがどこだか分かるな?」
言われた通りに見回して、入り江の形や山の並びから、ここが北の岬だと言うことに気付く。
「人はいない、目でも気でも確認済みだ。
もっとも、いたところで俺にとって大した差は無いが、な。
これが、どう言う意味だか、分からないほど馬鹿ではないだろう?」
あたしは、素直に頷く。
その様子、に満足そうにベジータも頷き、再び同じ事を口にする。
「さっきの言葉を、もう一度言う勇――」
「あんたはもう、一人ぼっちよ。
だから、あたしがあんたを――」
パァンッ!!
「ぐっ!!」
頬に、有り得ないほどの痛みが走る。
信じられない、女のコの顔をこんなに強く叩くなんて。
「俺をなめるなよ! 貴様など、俺の気分一つで一瞬で殺せることを忘れるな!」
その言葉を聴いた時に、あたしの中で何かが弾けた。
「あんたこそ……なめないでよね……!」
「なんだと?」
あたしが怖気づかなかったのが意外だったのか、ベジータに動揺が走る。
「大声出して、痛い思いさせれば、地球人の女は誰でも泣いて許しを乞うとでも思った?
こちとら、死ぬような思いは何度も体験してきてるのよ、今更こんな事でびびったりするもんですか!
あたしは今、あんたに対する恋愛に、命懸けてるのよ!」
「――――ぬ」
あふれ出した感情の波は、止まる事はなかった。
「良く聞きなさい、誇り高きサイヤ人の王ベジータ!
あんたの妻になるのは、他の誰でもない、このあたしよっ!!」
――――――――――静寂。
「…………く…………ふはははははははははっっっっ!!」
痛みで朦朧とする頭に、久しく聞く哄笑が響いてくる。
「――――面白い…………面白いぞ、お前!」
失礼な奴だ、こんな美女を捕まえて、芸人か何かみたいに。
「お前のような強さを持った女が、この星にもいたとはな!」
時折遠のく意識は、その度にベジータの声で時間を取り戻した。
「――いいだろう、お前の心、お前の体、お前の未来、全てをこの俺が担ってやろう!」
…………え?
それはどう言う……?
俄かに戻った意識で、そう尋ねようとするや否や、
不意に、胸倉を掴み上げられていたいた手が、腰と首に添えられた。
――――そして、
――――――――サイヤ人の王子は、
――――――――――――――――あたしの唇を、奪ったのだった。
家に戻ったとき、あたしのボロボロな姿を見て、父さん達は、大層驚いたようだった。
そして、事のあらましを説明したら、今度はあたしが驚かされる番になった。
父さんが、誰が止める間も無く、ベジータの顔面をぶん殴ったのである。
唖然とするあたしとベジータの前で、父さんはゆっくりと口を開いた。
「これは、娘を傷つけられた父としてのけじめと、娘を娶られた父としてのけじめだ。
――――ベジータくん、娘を、頼む」
それを聞いて、ベジータはまた大声で笑った。
「この親にして、この娘ありと言った所か! いいだろう、お前の気持ち、預かってやる!」
後に語る、この時の父さんの拳は、無論ダメージなど無いに等しかったが、重かったと。
やはり、ベジータは、あたしが思い描いていた人間とは、だいぶ違っていた。
地球式の、結婚式を挙げたいと言うあたしの願いを、案外軽く承知してくれた彼とともに、あたしは今、教会の控え室に居る。
でも、条件として、あたし達を知ってる人間には、『式は挙げていない』で通す事だってさ。
恥ずかしがっちゃって、変なところでかわいい奴だわ。
シニカルな、自信満々の笑みで、あたしに手を差し伸べてくるベジータに、
あたしも微笑んで、ウエディング・ドレスに合わせてあつらえた、白いグローブに包まれた手を差し出す。
彼氏彼女になるつもり程度から始まった告白が、なにやらすごい事になってしまったものだが、それもまあ良いだろう。
あたしはこの人を愛した。
この人はあたしを愛した。
ただそれだけの話だから。
だからあたしは、この人と共に――――
<おわり>
その頃のヤムチャは――――
「うおぉぉぉぉぉ聞いてくれよ天津飯!
俺は……俺はぁぁぁあぁぁぁぁっっっ!!!」
「わかった、わかったからやめろくっつくな!
ぐお、耳元で泣き喚くなやかましい!!
こらぁぁぁぁぁぁぁぁ鼻水を拭かんかぁぁぁぁぁぁぁぁっ!
いや違う、俺の胴着で拭くのではなく……
だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ助けてくれチャオズっ!!」
「――――さよなら、天さん」
「待てぇぇえぇぇぇっ!? 俺を置いて行かないでくれぇぇぇえぇぇぇぇぇっ!!」
「うぉぉぉぉぉぉおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんっっっっっっ!!!!」
<本当におわり>