ミッド首都クラナガンの駅前は、平日休日を問わずに賑わいを見せる。少ない小遣いを握りしめてやって来る子供達であったり、勤務を終えた青年達の憩いの場であったりと、誰の目にも賑わいながら、その在り方は千差万別だ。
 そしてその中には、久方ぶりに逢う親友達の、待ち合わせの場所と言うのも含まれる。
 腰元まで伸ばした橙色の髪を、几帳面なストレートに切り揃えた少女は、いよいよ苛立ちを抑えきれなくなった様相で、憤然と爪先でビートを刻んでいた。もしもその少女に煙草を吸う習慣が有ったとすれば、その足下には駅郊外担当の掃除婦が目を覆わんばかりに、おびただしい量の吸い殻が積もっていた事だろう。
 ややあって、雑踏の中で耳敏く聞き分けた馴染みの足音に、少女の全身から怒濤のオーラが迸る。果たして駆けて来た少女は、遺憾ながらそのオーラに気付く事はなく――――
「――――やっほーティア! ひっさし――――ぶっ!?」
 場の空気をまるで読まず、脳天気に手を振っていたその頭を、細身の見た目からはまるで想像できない握力でもって、ティアナは全力全開で鷲づかみにした。
「…………ぉ……ぉ、ぉ、お…………」
「――――ティ、ティアっ!? あ、頭が割れるように痛いよっ!?」
 地の底から響くような声を漏らすティアナに、スバルもようやく、自分が取り返しの着かない地雷を踏んでいた事に気付き――――
「…………おっそい! どこで道草食ってたのよ、このバカスバル!」
「ひえぇぇぇんっ! 痛い痛い痛いごめんってば〜〜〜っ!」
 ――――まさに大瀑布。N2爆雷もかくやと言わんばかりの大噴火を前に、スバルに許された行動は、ただ頭の痛みに耐えつつ平謝りに謝るのみだった。

 【魔法少女リリカルなのはSS『All right Buddy!!』】
   ※時空管理局通信Vol.12投稿作品『相棒』加筆修正版。

 久しく訪れた町並みを眺めながら、罰ゲームとして奢らせたアイスを口にしつつ、それで苛立ちが収まったと自分を誤魔化しながら、ティアナはスバルと連れだって慣れ親しんだ道を歩いていた。もっとも、アイスの冷たさは怒りの熱量に及ぶべくもなく、瞬く間に溶け消えてクール・ダウンにもなりはしないのだが。
 問い詰めて聞き出した遅刻の理由を反芻して、何とも複雑な表情で苦虫を噛み潰す。
「…………ったく、あんたらしいと言えばそうだけど…………待ち合わせの十分前から、荷物が重そうなおばあちゃんを背負って三十分も逆走するってのは、どういう了見よ。って言うか、遅れるなら遅れるで、連絡くらいよこしなさい!」
「あはは……ごめん、忘れてたー」
 まったくもって脳天気な相棒に、ティアナは頭を抱える。体内の二酸化炭素を全て吐き出そうとでもしているのかと言う、あまりにも壮大な溜息にさすがに憮然として――――スバルは少し悪戯めいた表情になり、ととっとティアナの前に走り出る。
「だけどティアも変わったよね。訓練校に入った頃のティアなら、さっきみたいな迷子の子なんて、気にも留めなかったでしょう?」
「あー…………まあね。最近はフェイトさんの影響が大きいのかな。小さい子が泣いてるのを見ると、なんだか放っておけなくてさ」
 頬を赤く染めたティアナの様子に、スバルは優しく微笑む。
「子供をあやしながら、一緒にお母さんを待ってあげてたティアの姿、なんだかすっごく、良かったよ」
「や、やめてよね、恥ずかしい!」
 スバルの素直な褒め言葉に、ティアナは更に真っ赤になってそっぽを向く。自分としても、満更でもなかったのだ。不安に押し潰されて泣いていた子供が、自分の言葉で少しずつ涙を乾かしてゆき――――自分の笑顔に対して、精一杯の笑顔をようやく返してくれたあの瞬間は、得も言えぬ幸福感に包まれて、さぞ緩んだ表情をしていたことだろう。その顔をよりにもよって、この数年来の相棒に目撃されていたとは――――
「――――ん? …………ちょっと待ちなさいスバル。どうしてあんたが、あたしが迷子の子と一緒にいたこと知ってるのかしら?」
「あ、やばっ…………」
 口の端を引き攣らせつつも、何とか笑顔らしきものを作って問い掛けたティアナに、スバルはあっさりと馬脚を現す。
 さもありなん、火山は再び大噴火した。
「――――ぁ、あ……あんたっ! さてはもう二十分くらい前からあの場所にいたわねっ! このっ…………見て、たん、なら、とっとと、出て、来な、さいよっ! この、バカスバル! バカスバルっ! 大バカスバルっ!!」
「うわーんごめん! だって、すっごく珍しいショットだったんだもんっ!」
 自分のアイスを落とさないようしながら、スバルの尻を何度も膝蹴りするティアナ。手加減なんぞ微塵もなく、普通に『攻撃』と認識できそうな猛ラッシュを受け、スバルは半泣きを通り越してガン泣き寸前であった。

 機動六課の解散からはや2年、ティアナとスバルがこうして逢うのは、実に半年ぶりである。ここ最近は、双方の用事が交互に入るような形になってしまい、お互いの休みが合う日がなかなか無かったのだ。もっともそれも、時空管理局本局執務官、港湾警備隊防災士長の二人となれば、仕方もないところだろう。特にスバルに関しては、よしんばオフシフトであったとしても、呼ばれて飛び出てスクランブルの世界である。連れ立って遊びに行こうとしても、中々そうも行かないものだ。
 十代後半の二人であるからして、2年の歳月は二人の様相を随分と変えていた。もっとも、ティアナは髪を下ろしただけだし、スバルに至っては髪型さえ変わっていない。身長その他も、そうそう大きな差異が出来ていたわけでもないが、纏っている雰囲気が以前とは別物なのである。
 ティアナは、髪型の変化も相まって、当時よりも随分と大人っぽく見えるようになっていた。生き急いでいたような危うさは完全に影を潜め、どこか余裕のようなものすら感じる。余裕――――いや、肩の力が抜けた、とでも言うのだろうか。かつてのティアナは、常に肩肘を張って、世の中に潜在する自分のライバルに出し抜かれないようにと、張りつめた弦のような、鋭さと脆さを併せ持っていたものだが、フェイト・T・ハラオウン執務官の元で学んだ一年間が影響したのだろう。フェイトの持つ月明りのような優しさを、内面に隠し持っているような温かみを感じた。
 スバルは、その眩しさをさらに増していた。一途な眼差しはそのままに、それがただのがむしゃらではなく、培って来た経験に裏打ちされているような自信を併せ持っているのだ。しかし、きっと辛い想いも幾度となく経験してきたのだろう。ふとした瞬間に見せる表情は、六課の時代にはなかったものだ。――――現実感、とでも言うのだろうか。自分の思い描く希望が全て叶わぬことを知りながら、それでもその夢に限りなく近づけるように…………そう、ひたむきだった。そこには、在りし日の盲信じみた楽観はなく、しかし前向きなのである。

 フェイトの下で執務官補佐としての仕事に励んで来たティアナ。
 憧れていた特救で、充実した日々を送っているスバル。

 変わって――――成長してゆくのは当然の理であった。
 

 お尻を押さえてべそをかくスバルを尻目に、ティアナは残ったアイスの最後の一口をコーンと共に頬張って、見慣れた商店街の一角、スバルと共によく通ったゲームセンターを見つけていた。
「――――まだ、約束の時間までは2時間くらい有るし、久し振りに寄って行かない? ……って、いつまでウソ泣きしてんのよ。あんた、あの程度の膝蹴りでへこたれるほど、柔な身体してないでしょうが」
「わたしの身体は平気でも、心はガラスの様に繊細なのです。ティアの膝蹴りでボロボロにされた今、こうしてさめざめと泣き続けるしかないんだもーん――――あ゛」
 拗ねた様にそう告げるスバルだったが、今度はさすがに、後ろで燃え上がった炎に気付いたようである。防災士長の面目躍如と言ったところだが、後ろから聞こえてきたティアナの言葉は、少々からかい過ぎたことを雄弁に物語っていた。
「…………クロス・ミラージュ、ファントム・ブレイザー」
《Take it easy,my master.(落ち着いて下さい)》
 機械音声のその中に、若干以上の慌てた色。それが、ティアナの本気を何よりも明確に感じさせた。途端、冷え上がるスバルの背筋。
 ――――結局、クロス・ミラージュの力を借りずに、クロス・ファイアを収束させようとしていたティアナが、スバルのマジ土下座で辛くも落ち着きを取り戻すことによって、親友二人の再会の一幕は、ひとまずの終わりを告げたのであった。


 アクセサリー・ショップを冷やかし、新作の菓子に舌鼓を打ち、ゲームセンターで遊び倒し――――それは六課、いや訓練校にいた頃から代わり映えのしない、二人の休日の風景だ。喉元過ぎて怒りを忘れれば、話題に事欠くこともなく、女二人でも姦しく時は過ぎてゆく。
 ――――しかし。

『――――っ!』

 約束の時間まであと数十分と、待ち合わせ場所の公園にて足を休める二人の元に、もう一人の到着を待たずして、あまり聞きたくもないアラートが鳴り響く。
「ギンガさん……? スバル!」
「うん、こっちも同じだよ!」
 発信者は、双方同じくギンガ・ナカジマ。スバルの姉にして、陸士108部隊准尉である。共通回線にして、クロス・ミラージュが空間モニターを投影すると、映し出されたギンガの表情は、焦燥に曇っていた。
《スバル、ティアナ、休暇中にごめんなさい。緊急事態なの、力を貸して!》
「――――何があったの?」
 是非もなく問い掛けるスバルに、ギンガは出来るだけ手短に、かいつまんで話し出す。
《特一級指名手配犯クロムウェル・コーダイン。名前くらいはあなた達も知ってるわね?》
 ギンガの口から出た名前に、ティアナの眉がピクリと跳ね上がった。
「良く知っています。オーバーSの快楽殺人者で、本局執務官でもおいそれと手を出せない危険人物ですよね。フェイトさんも一度相対して、結局取り逃がしたって…………」
《正確に言えば、単独で立ち向かってまともにやり合えたのは、フェイトさんだけってことよ。その他の人員には、AAAランクの方もいたそうだけれど――――五体満足で帰って来られた人はいないわ》
 ティアナとギンガの言葉を聞いて、スバルは緊張に喉を鳴らす。続きを促す二人に、ギンガはためらいがちに続けた。
《今回の奴の行動は最悪よ。ミッド市街地、今二人のいる場所からそう離れていない所に現れたクロムウェルは、そこに居合わせた子供達3人をバインドで拘束。その様を映像で送りながら、陸士隊に宣言してきたの。『十分毎に一人殺す、止めたければ止めに来れば良い』ってね》
 あまりに理不尽な内容に、スバルの表情が不快に歪んだ。
「な、何よそれっ! 何が楽しくてそんなっ…………!」
「――――楽しいのよ、奴にとっては」
 苛立たしげに爪を噛みながら、ティアナが答えるでもなく独りごちる。
「そこまで挑発して、なお管理局が日和るのであればそれも良し。ただ宣言通りに、子供達を殺すだけ。義憤に駆られた局員が来るのなら、その正義感ごと踏みにじるのが何よりも面白い――――そう考える手合いだそうよ。虫酸が走るほど嫌いなタイプね」
 ティアナの言葉に、ギンガは頷き、スバルはきつく奥歯を噛みしめる。
《でも実際、並の局員が行っても死人を増やすだけ。それほどの強さよ。ランク的な肩書きだけでなく、純粋な強さとしても、元六課隊長陣と比べて遜色しない程度の。それで、無理なお願いとは分かっているんだけれど、二人にはなんとか、クロムウェルを足止めして欲しいの。ついさっき、頭の固い上層陣を説き伏せて、航空隊に協力を仰ぐことに成功したから…………30分いえ、20分あれば、航空隊の戦技教導官が到着するはずだから》
 あえてそのような言い方をしたギンガだが、それだけで二人の表情には若干の安堵が生まれる。
「なのはさんが来てくれるんだね!」
「分かりました、それまでの足止め、責任を持って務めさせて頂きます」
《ありがとう。あと、付近にもう一人だけ協力を依頼出来そうな人がいるから、そっちの方にも要請してみる。間に合えば救援が来るから、二人とも頑張って! ――――でも、決して無理はしないでね。》
 最後に少しだけ、上官としてではなく、姉として、友人としての顔に戻って告げるギンガに、二人は笑顔で敬礼して、通信を切った。
「さて、それじゃあ――――クロス・ミラージュ!」
「やりますか――――マッハ・キャリバー!」
『セット――――アップ!』
 一閃の内に二人はバリアジャケットを纏い、頷き合う。
「…………指示された場所は、走ったら10分は掛かるわね。ごめんスバル、乗せて!」
「オッケー! ――――行くよ、ウイング・ロード!!」
 スバルがウイング・ロードを展開するや否や、ティアナは冗談のように乗り込んだ。すなわち、スバルの背に。しかし、防災士長として、何人もの人間を背負って来たスバルは、ティアナ一人を担いだところでなんら影響は無く――――冗談のようなその格好のまま、空の道を考えられない速度で突っ走って行くのであった。


 クロムウェルが獲物を連れて鎮座しているのは、ミッド中心部では珍しい廃ビルの一つだった。テナントが入っていないため、がらんどうの空き部屋が多く、しかし、ブラインドに閉ざされていて外からの視界が悪い、獲物を待ちかまえるには非常に適した場所である。
 陸士108部隊所属の隊員は、その廃ビルを歯噛みしながら見守っていた。時折、手元の時計を沈痛に確認しながら。クロムウェルが宣言してから、既に8分半が経過している。誰も踏み込まなければ、あと1分30秒で幼い命が失われてしまうのだ。しかし、自分が乗り込んだ所で、足止めにもならず、むしろ後に来る局員達に迷惑をかけてしまうだけだと言うことは、十分に理解している。それでも、子供に手を掛けさせるよりは――――そう決意した瞬間だった。
「――――遅くなりました! 湾岸警備隊防災士長、スバル・ナカジマです!」
「本局執務官、ティアナ・ランスターです。ギンガ・ナカジマ准尉より要請を受け、応援に参りました。状況は?」
 辿り着いた二人の姿を見て、若い局員の表情が明るくなった。3年前の一つの事件で、局員は二人の姿を見たことがあったのだ。当時はBランクと言うことだったが、信じられないほどの強さをもって事件に当たっていた様が、局員の脳裏に呼び起こされる。
「御協力感謝いたします! 現在依然として動きはありません。しかし――――」

 ――――ごぅん!

『――――っ!?』
 突如響いた轟音を受け、その場にいた3人が一様に目を見開き、廃ビルの方を見る。黒煙などは上がっていなかったが、外から見ても明らかに、数枚のガラスが砕けていた。
「…………中で何が!?」
「確認します。あなたはこの場で待機して下さい。スバルっ!」
「うんっ!」
 局員の返事を待つまでもなく、二人は駆け出した。

 ――――数秒前、廃ビルの中で、紳士然とした男は、魔力の縄で縛り上げた『獲物達』を前に、怖気のする笑みで舌なめずりをする。
「――――さて、あと数分だ。祈るが良い子供らよ。せいぜい、楽しませてくれるほどの人員が来てくれる事をな。もしも戦闘で私の渇きが癒されれば、よもや助かることも有るかもわからんぞ?」
 言われても、子供達の顔には僅かの希望も戻らない。魔力素養の無い自分達でも分かるのだ。目の前の男から感じる、圧倒的なプレッシャーが。生半可の局員では、返り討ちにされて余りある。即座に、その『満たされない渇き』が、自分達の命によって補完されるであろう事は、幼心にも確信を持ててしまうのだから。
 ふと、クロムウェルが顔を上げる。思わず身を竦ませる子供達だったが、どうやらクロムウェルの目当ては自分達ではないらしい。窓際へと向かい、ブラインドの隙間からそっと視線を巡らせる。そして、その顔が喜色に歪んだ。
「――――ほう、ほうほう! いや、なかなかどうして、楽しい手合いが来たものよ! 頭の固い陸のこと、せいぜいが准尉のギンガ・ナカジマを引きずり出せればもうけものと思っていたものだが、かの機動六課のフォワードが二人とはな! これは良い! これは楽しめそうだ!」
 その獣じみた笑顔からは、まさに狂気が滲み出ていた。その脳裏には、期せずして現れた愉快な獲物を、どうして引き裂いてくれようかと残虐な妄想が駆け巡り――――

「――――悪いけど、楽しませるつもりは無いわ」

 背後からの言葉は唐突に耳朶を打ち、次いで迫り来るのは、十数個の魔力弾だった。
「――――な!?」
 クロムウェルの顔が驚愕に引きつり、その視界が橙色の閃光に惑う。轟音の最中、目を瞑る事さえも忘れて呆気に取られる子供達を、柔らかで、しかし逞しく力強い腕が、しっかりと抱きさらった!
《Protection》
 機械音声と共に魔力壁が子供達ごとスバルの身体を包み、スバルはそのまま、窓へとダイブする。けたたましい音を立ててガラスを割りつつ、しかし自身にも子供達にも傷一つ負うことなく、スバルは外の路面へと着地した。
 初撃を叩き込んだティアナは、立ちこめる粉塵の中、油断無く感覚を研ぎ澄ませる。――――刹那、感じる悪寒に逆らわず、ティアナは迷わず床に身を投げた。同時に、瞬間前までティアナがいた空間を、針の様な魔弾が猛スピードで通り過ぎて行った。
(魔力の圧縮率と、射撃の精度……その両方が並外れね。隊長達にはいなかったタイプだけど、やっぱりランクは伊達じゃない)
「…………驚いたな。やり合う前に一つ答えてくれ。君は何故ここにいる? つい先程まで、外で局員と話している姿をこの目で見ていたのだが…………」
 余裕を持って問い掛けて来るクロムウェルに、ティアナも表面上は余裕を崩さずに答える。
「ただの幻術よ。色々とプログラムしておいたから、勝手にごちゃごちゃ喋ってくれてただろうけどね。気が散ったでしょう?」
 対してクロムウェルは、狂喜の笑みで牙を剥く。
「いや、大したものよ。おかげで楽しみにしていた獲物をお預けにされてしまった。だが、文句を言うのもお門違いと言うものか。そう、こうしてより上質の獲物が、自ら飛び込んで来てくれたのだからなあ!」
 裂帛の気合いと共に、生み出される数個のスフィア。それが瞬時に形を変え、渦巻く錐となってティアナを目掛ける!
(回避だけじゃ間に合わない!)
「クロス・ミラージュ!」
《Set up. Dagger Mode.》
 双銃は瞬時に双剣へと姿を変え、ティアナは横飛びに転がりながら、迫っていた二条の錐を叩き落とす。他の数条はティアナの脇を掠め通り過ぎ――――視界の端での錐の動きを、ティアナは見逃さなかった。
「ターン!」
 クロムウェルのコマンド・ワードによって、あたかもフェイトのフォトン・ランサーのように、錐達はその方向を変える。
「くっ…………!」
 身を起こしたその直後に、またもティアナは身を投げる。辛くも今一度やり過すと即座に、ティアナは練り上げていた魔法を発動させた。
「クロス・ファイア――――シュート!」
「――――ほぅ」
 生み出したのは、錐の数に倍する光弾。ティアナはそれを、各錐に対して二発ずつ叩き込む! 相殺され消えゆく双方は、ティアナの見立てが正しかった事を示していた。しかし、息つく暇もなく、今度はクロムウェル自身がティアナの懐に潜り込んでいた。
「良い動きだ、読みも悪くない。だが――――」
(はや……間に合わなっ…………!)
 精密操作射撃の直後、一瞬の硬直は、致命的とも言える隙をティアナに生んでいた。突き出される魔力刃に、ティアナは動かぬ身体を無理矢理捻って身を捩る。無理な動きで足首に激痛が走ったが、それでもその執念は功を奏し、身を切り裂くはずだった魔力刃は、わずかに皮一枚、脇腹を掠めてゆくだけに終わった。驚愕と歓喜に歪んだクロムウェルが振り向く頃には、ティアナもまた立ち上がり、足首の痛みを無視しながら構える。隊員の元に子供達を送り届けたスバルが戻って来たのは、ようやくこの瞬間だった。
「ティア、無事っ!?」
「なんとかね。やっぱり強いわ、少しでも気を抜いたら終わりよ。スバル、気をつけて」
 応える代わりに、スバルはティアナの前で構え、リボルバーナックルを一回転させる。対してのクロムウェルは、まさに喜色満面といった所だった。
「――――素晴らしい。記憶では君達の魔導士ランクはAAのはず。こうも動けるものでもあるまいに」
「あいにくと、こちとら毎日の修練で、あなた以上の強さを持った人達とやり続けて来たもので。隊長達の名に懸けても、そうそう簡単にやられるわけにはいかないのよ」
 ティアナの言葉に、さもありなんと頷くクロムウェル。
「そうだな、彼の『雷光』との戦いは、まことに心躍るものだった。無様に逃げ出すはめとなったのは、後にも先にもあの一度きりよ。さて、二人となった今、より楽しませてくれよ!」
 再び吹き出す、オーバーSのプレッシャー。その威圧感に怖じ気づくこともなく、スバルはさらに速くと前傾になり、告げる。
「ティア、マッハ・キャリバー、クロス・ミラージュ…………フォロー、お願い!」
「任された! 頼むわよ、スバル!」《All right Buddy!!》
 スバルの言葉に、ティアナと二機が応え――――

「フルドライブ! ギア……エクセリオン!!」
《A.C.S. Standby.》

 ――――こぅ!!

 蒼光が煌めく。スバルの身体から膨大な魔力が溢れ出し、一対の翼となってその身を羽ばたかせる! 舞い落ちる羽根の残滓を中空にはためかせながら――――駆ける!
「ぅぉぉぉおおおおおぉぉぉぉぉっっっっ!!」
 凄まじい速度で迫り来るスバル、そしてその背後で双銃を構えるティアナを目にしながら、クロムウェルの口元が不敵に歪んだ。
(――――青いな。速度も魔力も申し分無し。だが、味方の視界を自ら遮るような軌道を描くとは! 惜しいが、終わりだ!!)
 胸中独りごちつつ、クロムウェルは先程ティアナに放ったそれと同質の錐を生み出す。数は僅かに5つ。しかし、威力と速度がさらに強化されたそれらが、正面からスバルを襲う! スバルさえ墜としてしまい、ティアナとの一対一になってしまえば、まず負けることはないと言うことは、先刻の相対で分かっている。よもやこの攻撃を防ぎきったとしても、冷静に追撃すれば――――そう考えていた矢先だった。

 ――――ぎぃん!!

「――――な…………に!?」
 目にした現象も瞬く間なら、驚愕が許されたのもまた刹那。スバルの身体から僅か数mmを通過したアクセル・シューターは、間近まで迫っていた5条の錐を全て無効化したのである。そして、魔力の炸裂煙をかき分けて、僅かにも減速しないままのスバルが、クロムウェルの懐へと辿り着く!
「しまっ…………!」
「ディヴァイン――――」
 既にディヴァイン・バスターのチャージは終わっていた。予想外の展開にクロムウェルが身を硬くしたのは一瞬にも満たなかったが、それはまさに、決定的な隙!
「――――バスターーーーーーっっ!!」

 ――――――――ズン!!

「ぐは――――!!」
 蒼穹の閃光に飲み込まれ、クロムウェルの身体は木の葉のように吹き飛び、壁に叩きつけられて20cmほどもめり込んだ。紳士然としたタキシード調のバリア・ジャケットは無惨なまでにボロボロとなり、魔力を根こそぎ持って行かれた身体は脱力し、弛緩している。大きく肩で息をしていたスバルは、駆け寄って来たティアナを見ると、笑顔で手を打ち合わせた。そして、ティアナはクロムウェルの元へ近づくと、ダガー・モードのクロス・ミラージュを突きつけて宣言する。
「特一級指名手配犯クロムウェル・コーダイン。いくつもの殺人容疑、及び殺人未遂と公務執行妨害の現行犯で――――逮捕します」
 息も絶え絶えに、細い目を向けていたクロムウェルは、苦しげに口を開く。
「…………聞かせてはくれんかね? 君は、どうして私の撃ち出した錐の位置が分かったのだ」
「さっきのやり合いで、あなたの射撃の精密さは分かっていたわ。スバルを狙う射撃も、急所を突いてくるはず。なら、後はタイミングの問題だけよ」
 事も無げに言うティアナに鼻白みつつ、今度はスバルの方へと目を向ける。
「君は全く防御を考えていなかったな。このクロムウェル、そうでなければたかだかの一撃でこうもやられはしない。相棒がミス・ショットをする可能性も有っただろうに、どうしてそこまで真っ直ぐに走れた?」
「わたしが『フォローお願い』ってティアに言って、ティアが『任された』って言ったから。間違えたって、ティアがわたしを撃つわけが無いし」
「…………簡単に言うんじゃないわよ。私の記憶よりも随分速くなってて焦ったわ」
「えへへー。でも、結局完璧なタイミングだったじゃん!」
 脳天気に言うスバルに、苦笑してティアナ。その二人を呆然と見ていたクロムウェルだったが、不意に笑い出した。
「く――――ははは! いや愉快。実に面白い時間だったよ。君達二人、そう遠くない将来にも管理局有数の強さとなっているに違いない。
 ――――だからこそ、惜しいな」
 穏やかに、楽しげに語っていたその表情が、唐突に眼光を取り戻す。その変化に、ティアナの首筋に嫌な予感がよぎり――――

 づごむっ!!

「――――っぁぅ!?」
「スバル――――!?」
 背後から聞こえたスバルの悲鳴に振り向くティアナ。その目前には、既に高純度の魔力弾が迫っていた。
《Protection.》
 クロス・ミラージュが咄嗟にプロテクションを展開するが、抗する事が出来たのは僅かな間だけだった。

 ぱきぃぃぃぃんっっ!!

「うあっ!!」
 プロテクションを打ち砕いた魔力弾に胸を強打され、ティアナは仰向けに吹き飛ばされる。それでもティアナは、プロテクションが間に合っていただけ、比較的ダメージは軽微だったと言える。しかし、スバルは同じくティアナの横に倒れ伏したまま、苦しげに身を捩らせていた。スバルの身を案じ、助け起こそうとしたその瞬間、再び膨れあがる魔力反応。だが今度は、ティアナも黙ってやられてはいない。砲撃にも近いその奔流に、咄嗟に収束させたクロス・ファイアを叩き込む!
「ぬぅ…………」
 粉塵の中、僅かに聞こえた声を、ティアナは聞き漏らさなかった。
「クロス・ミラージュ!」
《All right. Phamtom eraser.》
 ダガー・モードのクロス・ミラージュが橙色に輝き、ティアナがそれを一振りすると、その淡い燐光が波紋のように広がってゆく。
「うおっ!?」
 再び上がる、誰のものとも分からぬ声。そして煙が晴れたその跡には、先程まではいなかった一人の男が立っていた。
「…………幻術。オプティック・ハイドね」
 種が割れてみれば、自分の最も得意とする所である。気づけなかった悔しさに歯噛みするティアナ。
「単独犯じゃ、なかったんだ…………」
 ようやく立ち上がったスバルが、太腿を押さえながら苦しげに呟く。ティアナがその仕草に目をやると、スバルの右太腿は、まるでローキックを受け続けた格闘家のように青く腫れていた。先程のスバルへの攻撃は、単純にスバルを打ち据えるだけではなく、その機動力を完全に奪っていたらしい。
「――――まあ、そう言うことだ。兄者はいつも遊びが過ぎるんでな。その尻ぬぐい役として、誰にも知られぬ俺がいる」
「なにをしゃあしゃあと。お前の性癖のせいで、気がつけば私は特一級指名手配犯だ。まあ、上質の戦闘を味わえるから、悪くはないのだがな」
 その会話で、全てを理解するティアナ。つまりクロムウェル・コーダインとは『二人』の犯罪者だったのだ。常に身を隠している弟が、兄に万が一の事が有った場合にはこうしてサポートに入る、と。しかし、相対しさらに先程受けた魔力弾のダメージを鑑みて、この弟の方も相応の実力を持っていることに、ティアナは既に気がついていた。戦闘能力を失っているはずのクロムウェルが、まるで余裕を失くしていないことからも、それは窺い知れる。横目でスバルの様子を観察する――――息は荒いが、闘志は消えていない。しかし、やはり脚のダメージは深刻なのだろう、僅かに震える膝には、普段の力強さがほとんど感じられない。勝利を確信してか、余談に興じている兄弟。
 …………今この瞬間だけが、考えるチャンスなのだ。ティアナは必死に考えを巡らせる。なにか、この状況を打破する方法は無いか? なのはが来るまでは、あとおそらく10分。それまで持ち堪える事は可能だろうか? ――――否。万全ならともあれ、現状の戦闘力で守りに徹するのは不可能だ。そんな消極的な考えではなく、むしろなのはが辿り着く前に、目の前の相手を倒す!
 視線もまた巡らせる。使えるものは何か無いか? テナントの入っていない廃ビルの中。がらんどうの部屋、無骨な大理石の柱、厚い壁、陽光を遮るブラインド、耳朶を打つヘリの駆動音、外に集まりつつある管理局地上部隊の声――――

 ――――瞬間、閃く一つのアイデア。それを手放さずに組み上げ――――

「――――スバル、無理を承知でお願い。あいつの動きを、30秒で良いから止めて」
『――――!?』
 唐突に、全員に聞こえるように宣言するティアナ。
「どの道、私達はもう満足に動ける状態じゃない。だから、あとは一発勝負。あんたがあいつを止めてくれる内に、私はスターライト・ブレイカーをチャージするから」
《Set up. Brazer mode.》
 言いながらも、クロス・ミラージュはサード・モード――――大威力砲撃用のブレイザー・モードへと姿を変えてゆく。
「…………オッケー。でもごめんね、多分長くは保たないから、なるべく早くお願い」
「上等よ」
 不敵に笑うスバルに、ティアナもまた不敵に笑った。
「…………正気か? 自ら手の内を明かすなどと…………!」
「さあ? でも私、分の悪い賭けって結構嫌いじゃないの」
 そのティアナの言葉に何を受け取ったか、コーダインがティアナへとデバイスを向ける。
「させるかっ!!」
 その動きに気付いたスバルが駆け出すが、やはり動きにキレが無い。狙いを変えて放たれた魔力弾は何とか避けたものの、バランスをクズしていたためにスバルの拳も空を切る。次いで、普段の連携通りに繰り出した左のハイキックは、痛めた脚では致命的な選択だった。踏み込んだ脚から激痛が走り――――しかし、スバルは顔をしかめつつもハイキックを振り抜く! ガードしたそのままに、驚愕に歪むコーダイン。さらに追撃しようとしたスバルの膝が、本人の意志とは関係無しにくず折れる。僅か数秒の攻防でも、スバルの脚には限界が近づいていた。コーダインが撃ち出した魔力弾をラウンド・シールドで防ぎ、膝を着いたままリボルバー・キャノンを放つも、コーダインが展開したプロテクションで吹き散らされる。そして、次いで撃ち込まれた数十発の魔力弾に、ついにラウンド・シールドが瓦解し、スバルの身体は壁際まで吹き飛ばされ、力無く横たわった。厭らしく口元を歪ませ嗤うコーダインに、スバルは震える右腕をどうにか上げて――――

 ぐっ。

 その右手が力強く親指を立てる。それを見たコーダインが慌てて振り返ると――――クロス・ミラージュの銃身のみならず、身体全体から橙色の魔力光を迸らせるティアナがいた。自身が放出するその魔力すら、銃口に集めてゆき…………
《Firing lock is cancelled.(ファイアリングロック解除します)》
「スターライト――――」
「くぅ…………!!」
 膨れあがる魔力は、行き場を無くして――――迸る!
「――――ブレイカーーーーーっっ!!」
 体中から魔力を吸い上げられる感触と共に、ティアナの両腕をへし折らんばかりに押し返してくる確かな感触。猛烈な勢いのそれを気力で抑えつけて――――

《Flash move.》

「…………っ!?」
 聞こえた言葉に、ティアナの表情が痛恨に歪んだ。スターライト・ブレイカーの斜線軸上に、コーダインの姿は…………無い! 
 やがて奔流は廃ビルの壁を突き破って特大の大穴を穿ち――――しかし、コーダインは辛くもその一撃を避け、無傷だった。
「く…………」
「凄まじい威力だったな…………だが、当たらなければ意味も無い」
 がくり、とその場に膝を着くティアナ。スターライト・ブレイカーを使うに当たって、ティアナはまだ加減が出来ないのだ。一発撃つために、全魔力をほぼ放出する事になり、使用することはすなわち、その後の戦闘行動が不可能になる事を示す。座り込んだまま、ティアナは這いずるように後ずさり、やがてその背が壁に当たる。目前には、悠々と歩いて来たコーダインが下卑た笑みを浮かべていた。
「さぁて、万策尽きたか? ならそろそろお楽しみの時間だな。今回の獲物は質が良い。楽しませてもらえそうだぜ――――」
「――――そう、楽しみにしてた時間になったのよね。こんな事になってなければ」
 突如、苦しげだったティアナの表情が一変する。
 ――――会心の笑みに。

 ――――きゅどむっ!!

「が――――!?」
「コーダインっ!?」
 楽しげに見ていたクロムウェルの表情が、初めて純粋な驚愕に染まった。そう、『ティアナがスターライト・ブレイカーで空けた穴』から飛来した、2発のスナイプ・ショットに痛打される、コーダインの姿を見て。その射撃は正確無比に、コーダインの後頭部と首筋を打ち据えていた。
「…………自分より強い相手に、バインドも使わずにスターライト・ブレイカーを撃って当たるなんて、考えるわけないじゃない」
「く…………」
 一転、歯噛みするクロムウェルに、ティアナはゆっくりと立ち上がりながら、そう吐き捨てた。と、その時、クロムウェルと、気を失っているコーダインの脳裏に、一つの念話が届いた。
《あー……こちら管理局地上本部陸曹長ヴァイス・グランセニック。たった今上空のヘリから、俺の後輩に手を出そうとしていたスットコドッコイを狙撃した者だ。そっちで倒れてるおっさんにも、いつでも狙撃が撃ち込める準備がある。もう2分もすれば航空隊最強の御方もおいでなさるんで――――まあ、無駄な抵抗は止めときな》
 冗談じみていながら、しかし確かな怒りに裏打ちされているその念話を受けて、特一級指名手配犯クロムウェルは、力無く項垂れた。

 

「――――ティアナ、スバル、大丈夫っ!?」
 数分後、護送されるクロムウェルとコーダインを見送る3人――――ティアナ、スバル、ヴァイスの元へと、血相を変えたなのはが駆け寄って来た。
「なのはさん! ……あはは、スバルと二人で全身気怠いですけれど、この通り無事です」
「頑張りましたよ、わたしたちっ!」
 外傷としては、スバルの脚以外はそれほど大きな傷もなく、脚の打撲に関しても待機していた医療班の治癒魔法である程度以上に回復していた。ただ、二人して…………特にティアナはスターライト・ブレイカーを使った反動もあり、魔力はかなり消費している状態だったが、それもまた、動けないほどではない。
「良かった…………フェイトちゃんも前に苦戦した相手だって聞いてたから、気が気じゃなかったよ。二人がもう、どんな状況でも負けないくらい強くなってることは、わたしが一番良く知ってるんだけれど…………それでもやっぱり、ね」
 言いながら、なのはは二人をそっと抱き寄せる。ティアナもスバルも、一瞬だけ恥ずかしそうに頬を染めたが、すぐに微笑んで、師の温もりを感じた。
「ヴァイス君も、ありがとう。ナイス・タイミングだったみたいだね」
「いやぁ俺は……むしろティアナが大したもんすよ。ヘリの駆動音だけで、俺がどこで待機してて、どこに穴を空けたがってるか察したらしいっすからね」
 ――――そう、ティアナはあの時、外から聞こえるヘリの駆動音を追って、ヴァイスがどの辺りを周回しているのか当りを付けたのである。結果は知っての通り、まさにドンピシャだった。ヴァイスの射撃のクセを良く理解し、かつ、ヴァイスが近くに来ていると分かっていたからこそ出来た芸当だ。
「…………と、そう言えばティアナはどうして、来てるのがヴァイス君だって知ってたの? ギンガも不思議がってたよ。間に合うかどうか分からなかったから、救援者の名は伏せていたのにって」
 その言葉に、3人は顔を合わせ、気まずげに頬を掻く。
「や、実はこの後、久し振りに3人で遊びに行くって話だったんすよ」
「わたしとティアは先に合流してて、ヴァイスさんは午前だけだから、午後から合流って事にしてて…………」
「まあ、結局は事後処理で追われそうなんで、お流れですけどね…………」
 ヴァイスの説明に次いで告げる、スバルとティアナの言葉は少し寂しげだった。その様子から、なのはは何事か察し、微笑む。
「――――クロス・ミラージュ、マッハ・キャリバー、あなた達の記録をレイジング・ハートに転送してくれないかな?」
《All right.》
「なのはさん?」
 スバルが尋ねると、なのはは頷く。
「3人とも、事後処理はわたしがやっておくから、遊びに行ってきて良いよ。元々オフ・シフトなわけだし、どの道ティアナとスバルは、これ以上の勤務行動が出来る状態じゃないでしょう? 療養としてね」
 なのはの言葉に、3人の表情が輝く。
「そんな、悪いです…………って普段なら言うんですけれど、お言葉に甘えて良いですか?」
「なのはさん、本当にありがとうございますっ! 今度御礼させて下さいね!」
「すんません、やっぱり楽しみにしてたもんで…………助かります!」
 三者三様の例を聞いて、なのはも嬉しそうに笑い、それじゃあ、と手を振ってその場を後にした。
 残された三人は、顔を見合わせて微笑む。
「それじゃあ――――」
「――――遊び倒しますか!」
 言いながら拳をかざした三人の――――ティアナとスバルの表情が、不意に苦笑に歪んだ。
「? どした?」
 怪訝に尋ねるヴァイスに、二人は頬を掻き掻き、
「いえその……折角ヴァイスさんと久し振りに逢える機会をふいにされたって思ったんで、ティアとちょっと…………」
「我ながら……いくら凶悪犯が相手だと言っても、少しばかり酷すぎたかなと思いまして…………」
「?」

 ――――その頃、なのはは報告書作成のため記録を見直して…………苦笑していた。
「…………まあ、わたしもユーノ君とのデートを邪魔されたら、このくらいはするかな」
 記録映像の中、バインドでグルグル巻きになっているクロムウェルとコーダインの頬には、季節外れの大きな紅葉が色づいていた。

 恋する少女らの、怒りの平手打ちによって。

 ――――了。

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