【魔法少女リリカルなのはSS『いま、あなたに捧ぐ子守歌』】
   ※時空管理局通信vol.15投稿作品(加筆修正無し)

 腰元にしがみついて、声を上げて泣くヴィヴィオを、半ば無意識の内に撫でてやりながら、なのははもう一人の来訪者、スバルの方を見る。スバルもまた、今でこそ涙を乾かしたようだが、その頬には涙の跡が伝っていた。何かを堪えるように、唇をきつく結んでいるスバルの様子に、なのはは嘆息して、部屋の主であるユーノへと視線を向ける。ユーノもまた、困り顔ではあったのだが、なのはの無言の懇願を受けて、意を決したように口を開いた。
「…………それで、どうしたの二人とも? 迷惑とかじゃないけれど、来て、いきなり二人して泣いていたら、僕らもどうして良いか分からないよ?」
 困惑はそのままに、しかし優しく語りかけるように問うユーノの言葉を受けて、ようやくスバルが口を開いた。
「…………イクスの話は、しましたよね?」
 スバルの口からこぼれ落ちた名前に、二人は考えるまでもなく心当たる。
「ティアナが受け持ってた『マリアージュ事件』の参考人と言うか……スバルが助けた子だよね? うん、ヴィヴィオと一緒にビデオメールも観たし、よく知ってるよ」
 言いながらも、なのははそのイクスヴェリアと言う少女を思い起こす。ヴィヴィオと似た境遇にあって、快活なヴィヴィオと反対に、大人しく物静かな様相をした少女の事を。お互いに送り合うビデオメールの構成を見比べて、何となく昔の自分とフェイトのやり取りに近しいものを感じたものだ。きっと、この二人は仲良くなれる――――そう思っていたものだが…………
「――――それで、イクスがどうしたの?」
 同じく共にビデオメールを観ていたユーノが続きを促すと、スバルは一瞬喉を詰まらせ、
「わたし達が生きてる間には、もう起きないかも知れないんです」
『――――っ』
 告げられた言葉に、二人は同時に言葉を失った。タイト・スカートの端を握り占めていたヴィヴィオが、もう一つ、きゅっと手を握りしめたのが、懐から伝わって来る。
「現在の技術だと、治療が不可能な機能不全だって、マリーさんは言っていました。自然な形で目が覚めるのは、今日が最後かも知れないって……」
 なのはは我知らず、ヴィヴィオを抱く手により力を込めた。ヴィヴィオもそれに応えるように、殊更に縋り付き、再び嗚咽を漏らす。ユーノは自身ショックを受けながらも、どこか冷静に考えを巡らせていた。古代ベルカの落とし子であり、その在り方はもはや、ロスト・ロギアと言ってすら過言では無いイクスが、永い眠りの中で次第に細胞劣化し、機能不全と陥ってしまったのは、ある意味では仕方の無い事なのかも知れない。しかし、理性ではそう考えていても、感情では違う。恐らくはヴィヴィオの良き理解者となり、親友たり得たイクスを事実上喪失してしまう事は、たまらなく悲しく、ヴィヴィオの事を想えば胸が苦しかった。
「わたしはそれでも、最後の時間をイクスと一緒に過ごせたから良かったんです。だけどヴィヴィオは…………」
 ゆっくりと歩み寄り、膝立ちでヴィヴィオの肩を抱いてやりながら、スバルは続ける。
「『また明日』と同じくらいのさよならしか言えないまま、イクスは眠ってしまって…………学校が終わってすぐに駆けつけてくれたけれど、もう遅くて…………いっぱい泣いておいたんですけれど…………イクスの元で泣くヴィヴィオを見てたら…………わたしもまた、悲しくなっちゃって…………」
 再び、スバルの瞳から涙が一条滑り落ちた。
「…………イクスはね、最後のとき、たくさん笑ってたんだって。スバルさんの肩に寄りかかって、『ありがとう』って…………それで、『おやすみなさい』って…………本当に、本当に幸せそうな寝顔だったよ」
 途切れ途切れになりながらも、ヴィヴィオは必死に言葉を紡ぐ。スバルから聞いた話、イクス本人から聞いた話、そして、物言わぬまま静かに寝息を立てる、イクスを目の前にして感じた事を、そのままに吐露するように。
「…………きっとね、イクスは幸せになれたんだと思う。スバルさんに助けてもらって、綺麗な空を見れて…………ぅ…………だけど、だけどっ…………イクスは最後の瞬間まで、頭を撫でてもらう事も知らなかったんだよっ…………誰だって、当たり前にもらえるはずの幸せを、誰よりも知らないまま…………ヴィヴィオ、もっとイクスと一緒にいたかった。一緒に遊びに行って、綺麗なお花を見て、可愛い動物と走り回って……波間に揺れる、お陽様の光を見て、面白い本を教え合って…………い、いっぱい仲良くなりたかったのにっ…………う……ふえぇぇぇぇぇん…………」
 絞り出すようなヴィヴィオの嗚咽に、なのはもまた、目頭が熱くなるのを感じる。何か言葉を掛けてあげたいが、口を開くと自分も泣いてしまいそうな気がして、もどかしさに胸を痛めていたその折――――
「――――ならさ、夢を見せてあげなよ」
 つと、ユーノが口にした言葉に、三人ははっと顔を上げ、彼の方を見る。
「眠っている時に、周りの人達が話してた内容を夢で見た事って無い? もしくは、夢に影響したこととか。一か八かも良い所だけれど、時間はたっぷりあるんだから、成功する事もあるかも知れない。ヴィヴィオが、スバルが見せてあげたかった景色をさ、たっぷりと話し聞かせてあげれば良いよ。相手は昏睡状態なんだ。起きるわけないなら、遠慮無く大声で話してあげれば良い。なんだったら、歌を歌ってもかまわないさ」
 ユーノの言葉は唐突で、勢いに任せて話しているようだったが、その瞳は真剣だった。熱に浮かされたように、そのまま続ける。
「春には桜の舞い散る色を――――夏には向日葵が目指す太陽の高さを――――秋には黄金の稲穂の波を――――冬には街を覆う銀世界を。
 ヴィヴィオとスバルが、語ってあげれば良い。そして、夢の中で、そんな世界にイクスを招待してあげれば良いんだ」
 いささか強引に過ぎる事を分かっていながら、ユーノはそこまで言い切った。いつしかヴィヴィオの涙は乾き、まだ震える唇で、おずおずと口を開く。
「…………見られるかな、イクスにも、綺麗な世界が…………」
 ユーノは頷き、もう一度、今度はヴィヴィオの視線まで腰を落として告げる。
「――――見られるよ、絶対。それに、こうして泣いているよりも、その方がイクスも喜ぶんじゃないかな」
 その言葉にはっとして、ヴィヴィオはごしごしと乱暴に目元を拭う。
「…………スバルさん、もう一度一緒に、イクスの所に連れて行って下さい。考えてみたら、ヴィヴィオ、イクスの前で泣いてしかいませんでした」
「――――うん、行こうか、ヴィヴィオ!」
 スバルもまた、目元を拭いながら、ユーノとなのはに一礼して司書長室を後にする。後には、涙の乾いた優しい空間だけが残されて…………ふとユーノは、なのはから送られてくる温かい視線に気付いた。
「…………どうしたの、なのは?」
 ユーノの言葉に応えるように、なのははそっと寄り添って――――
「うん、あのね…………惚れ直しちゃったよ、ユーノ君」

――――了。

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