時空管理局航空隊戦技教導官、高町なのはの朝は早い。4時半に起床して行う、早朝の自主トレーニングから始まり、身支度を整えつつ朝食の準備————もっともそれに関しては、最近ではヴィヴィオの日課になりつつあるのだが————をこなして、間を置くこともなく出勤となる。

 しかし、それも常ならばの話であり、たまには休日が降って湧く事もあるものだ。

 なのはが教導で利用するシミュレーターが不調を訴え、技術班に点検・調整を依頼したのが二日前。調べてみれば、小さなものから大きなものまで、不具合が立て続けに見つかり、一度根本からのオーバーホールが必要と言い渡され、丸一日シミュレーターが使用不可となってしまったのだ。
 普段ならばシミュレーターを使わない教導を組むところなのだが、なのはの目から見ても、隊員全体に疲労が高まり始めていた頃だった。教え子達はみな前向きに過ぎて、中には過度の自主練によって体調を崩す者もいる始末。時には十分な休息を取らせることも必要だろうと思い、ちょうど良い機会と、教導官権限で休暇としたのが今日である。
 なのは自身は、溜まっている————と言うほどでもない書類を片付けようかとも思っていたのだが、方々から「むしろお前が率先して休め」と口を揃えて言われる始末で、少々憮然としつつも、書類ではなく有給をやっつける次第となったわけである。

 普段より二時間は長い睡眠をとり、それでも起きたのは6時半。余裕を持って朝食の支度をし、ヴィヴィオを送り出したのがつい30分ほど前。ホーム・キーパーのアイナが仕事をしやすいように、大まかな範囲で部屋を整理し、ソファーに身を埋めて大きく伸びをする。
 周囲からはワーカ・ホリック気味に思われているなのはだったが、実の所はそれほどでもない。休みが取れるようであれば、思う存分ごろごろする事もあるし、ヴィヴィオが空いてるようであれば、娘とのコミュニケーションも怠らない。今日は生憎と本局にいないようだったが、フェイトやはやてと都合が合えば、連れ立って海鳴やクラナガンに出かけてみたりもする。
 さて、今日はどうして身を休めようか————考え始めてすぐに、数日前に受けたメールを思い出す。おぼろげな記憶を引き出しながら、メールの受信欄を立ち上げてみて、記憶通りの受信内容に思わず微笑みがこぼれる。

『なのは、お疲れ様。今月の休日予定を送るね。
 ……まあ、教導隊の予定を閲覧してみたら、中々合う日は無さそうなんだけど(´・ω・`)
 もしも、何かの拍子に都合が着いたら連絡下さい。
 最近二人で会ってないから、久しぶりに遊びに行きたいかな。
 それじゃあ、お互い大変だけど、今月も頑張ろう(^^)/ byユーノ』

 最近使い始めたらしい、妙におかしな絵文字入りの文章。それに書かれていた休日の一つは、まさに今日この日だった。
 渡りに船、とばかりに通信を開こうとして————

《You got mail.》
 レイジング・ハートの声に受信欄を確認すると、確かに一通のメールが届いていた。差出人は————不明。
 管制によって、海鳴での携帯時代によく受けていたような迷惑メールは無いはずだが、時には知り合いづてで、あまり良く知らない人間からメールが来ることもある。このメールもその類だろうと思いつつ、メールを開いてみて————


 ————ぴし。


 なのはの身体がぎこちなく固まり、ひび割れるような音がした。

『高町なのはに告ぐ。
 ユーノ・スクライアは我々セイント・デビル団が預かった。
 取り戻したくば、一人でミッド郊外の工場跡地に来た前。
 地図は添付しておきますね。
 おおごとになるから、フェイトさんとか、本局の方々には言わないように。
 ふははhはは☆』

「…………………………何、これ?」
 地味な変換ミスが光る頭の悪い文章に、たっぷりと30秒ほどフリーズしてから、ようやくなのははそれだけを呟いたのだった。


 【魔法少女リリカルなのはSS『愛あればこそ斜め上に突っ走った末期』】


「————それじゃあ点呼を取るよ、ばんごー!」
 廃工場に差し込む光の中、幼い少女が元気良く声を張り上げる。場合によっては、遠足に来た子供達をまとめる、微笑ましくも健気な班長の姿に見えただろうが、およそ平日の午前に居るべき場所としては、あまりにも相応しくないと言わざるを得なかった。しかも、少女が着けている怪しげな仮面が、なんかこう、何もかもを台無しにしている。
 その前に居並ぶ面々も、多分に疲れた様子を滲ませて、諸行無常の理を表しながら、
「5」
「10……」
「ろくー」
「9だ」
「11っす!」
「——8」
「12です」
 それでも何とか告げられた各々の言葉に、少女はぶんぶんと両腕を振って憤る。
「違うよー! 自分のナンバーじゃなくて、人数の確認をしてくのーっ!」
「————陛下、一つよろしいでしょうか?」
 頭を抱えたボーイッシュな少女が口を開くと、少女はびしっ! と人差し指を突きつけて、
「陛下はやめてって言ってるでしょオットー! それに、今はセイント・デビル団の総帥!」
「総帥、人を指差したらシスター・シャッハに怒られるよー」
「あわわわわそうだった! セイン、今のシャッハ先生には内緒にしておいてね?」
 実に腰も身長も低めな総帥に、溜息を吐きながらオットーは続ける。
「滅多にお使いにならない権限まで利用して、僕たちを集めたのは…………そこにおられる————」
「それ以上はやめるんだオットー」
 不意に響いた長女————今は違う姓を持ってはいるのだが————の言葉に、オットーは思わず口を閉ざし、背は低いが頼り甲斐のある姉の方を見る。他の姉妹も見守る中、長女——チンクは、頬からと言わずに伝う大量の冷や汗と共に、滂沱と涙を流しながら続けた。
「いいか、そこに転がっておられる御仁の事を、絶対に認識してはいけない。そう、そこにそんな御方が転がっているはずがないんだ。
 …………ただでさえ私達には、償わなければならない罪も多く、理解を示してくれる方々が増えてきたとは言え、危うい立場にいるんだ。父上達への御迷惑も考えなければならないのに…………管理局高官の方に、こんな扱いをしたなどと知られたら————こふっ」
「……チンク姉…………? チンク姉ーーーーーーーーっ!!」
 最後の方で、ストレスに胃が耐えられなくなったか吐血したチンクを見て、ノーヴェが遺伝上の姉にそっくりな叫びを上げて駆け寄る。その様に、チンクが頻りに気にしていた床の方から、戸惑いがちな声が聞こえてきた。
「…………えーと……何がどうしてこうなったんだか分からないけれど…………明らかに強制されて動いていた君たちに対して、何か文句を言ったりする気は無いし、安心して良いからね?」
 暗がりで今イチ判別がつかないが、どうやら簀巻きにされて転がっているらしい管理局高官————ユーノ・スクライアが口にした言葉に、ノーヴェに口元を拭われていたチンクと、同じく内心ビクビクしていたディエチとディードが、ほっと胸を撫で下ろした。
「そんで総帥、司書長さんを簀巻きにして、これからどうする気っすか?」
 改めてウェンディが尋ねると、少女、いや総帥と言うか、ヴィヴィオは腕を組んで、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに笑みを浮かべて、一つの映像を出す。そこに映っていたのは、言わずと知れたエース・オブ・エース、高町なのはその人だった。
「へい——総帥のお母様ですね。それで?」
 ディードが問うと、大きく頷いて、
「と言うことで、これからなのはママがここに来るはずなので、頑張って戦ってね♪」

 ————————————。

『…………ちょっと待てええええええええいっっっ!?』
『————はうっ』
『orz』
 反応は、3・2・2で綺麗に分かれる事となった。
 セイン、ノーヴェ、ウェンディは絶叫し、チンクとディエチは卒倒して、ディードとオットーはただ無言のままに頭を抱えた。
「ちょ、総帥、ってかヴィヴィオちゃん! 正気っすか!?」
「しかも司書長さんを人質みたいに取って…………死亡フラグ立て過ぎだって、いくらなんでも!」
 ウェンディとセインの言葉に続き、意識を取り戻したディエチがさめざめと泣きながら、
「…………ぅ……やっぱり、何もかも許したような顔して、いつか仕返しする気満々だったんだ…………」
 何か色々思い出しているのか、もう冬も終わりと言うのに、ディエチの肌にはびっしりとサブイボが立っていた。
「なお、ついさっき、なのはママには匿名で、挑発的なメールを出しておきました。急いで打って見直ししないで出したら、凡ミスがいくつもあって、ちょっぴり泣きそうになっちゃったけどね」
 可愛らしく頭を小突いて言うヴィヴィオ(仮面付き)に、もはや言葉も無く、恨みがましい瞳で7つの視線が突き刺さる。
 ————と、
「ヴィヴィオ、ちょっと良い?」
 簀巻きのままのユーノの声に、ヴィヴィオは即座に振り向く。
「あのさ、どうしてこんなことしたの? ただ悪戯でするような子じゃないことは分かってる。何か理由が有るんでしょ?」
 自身の状態はアレだったが、ユーノは純粋に、ヴィヴィオの事を案じて言っていた。それが分かったのか、ヴィヴィオはそっと仮面を外し、少し拗ねたような表情でもって告げた。
「…………だって、ユーノさんとなのはママ、全然仲が進展しないんだもん。ヴィヴィオはずっと、待ってるんですよ? なのはママの事は大好きだけど、ユーノさんの事も大好き。二人が一緒にいる時は、もっともっと大好き!
 それでね、この前読んだ小説に書いてたの。試練を乗り越えた二人は、それまで以上の絆で結ばれるって。だから、なのはママがさらわれたユーノさんを助ければ、二人の距離が近づくきっかけになるんじゃないかな、って思って…………」
 ヴィヴィオの言葉に、ユーノは気まずげに頬を掻こうとしてままならず、首だけで姉妹達の方を見て、
「ええと…………すみません、なんかむしろ、僕らのせいだったみたいで…………」
 ユーノの言葉に、慌ててぶんぶんと手を振るチンク。
「いえ、そのような! あまりにも不敬な扱いをしてしまっている上に、頭まで下げられてしまったら困ります!」
「…………ってか、結局あたしらは踏み台かよ」
「ノーヴェ!」
 面白くもなさそうに言うノーヴェを、ディエチが窘める。そこで、おずおずとディードが口を開いた。
「総帥、あの……一つ気になったのですが…………」
 いまだ律儀に総帥と呼称するディードに、ヴィヴィオも再び仮面を着け、テンションを上げて応える。
「はいディード、なぁに?」
 ディードは、言っても良いのだろうかと逡巡しつつ、


「————今の話をまとめると、つまり総帥も、最後の試練となられるわけですよね? その事は、理解しておられましたでしょうか?」


 空気がぴたりと凍りついた。
 風音さえも固まったような静寂の中、ヴィヴィオの仮面の下から、徐々に汗が噴き出してくる。

 ————そして、

「ああああああああああ!! どどどどうしよう! そうだよね、そうなるんだよね!?
 ふえええええええええん、全然考えてなかったよおおおおおおっっっっ!!」
『————おぉいっ!?』

 ぴこーん《You gat mail.》

 狼狽するヴィヴィオに、ユーノと姉妹合わせての総突っ込みが入り、同時にヴィヴィオの通信デバイスにメールが届く。びくんっ! と身体を震わせながらも、全員の視線に促されて、ヴィヴィオは恐る恐るメールを開いた。


『拝啓、セイント・デビル団様。
 学校の方はよろしいのでしょうか?
 取りあえず、色々とお話聞かせてもらいたいので、そちらに伺いますね。

 ————追申、ママは少し御機嫌斜めです』


『——————ぅどひぃぃぃぃぃぃぃっっっ!!』
 頭を抱えて叫ぶ面々を尻目に溜息を吐きながら、ユーノはなのはの魔力反応が、すぐ近くまで来ている事を感じていたのだった。

 

 身も蓋もなくはっきり言うと、なのはは怒っていた。廃工場に着いて即座に展開したWASにより、どうやら本当に、この場にユーノとヴィヴィオがいるらしいと言うことが分かったからである。学院に連絡を取ってみた所、どうやら聖王教会側の都合で、本日は臨時休校だったと言うことは分かったのだが、予めそれを伝えておいてもらえれば、ユーノと3人で出かける事も可能だったと言うのに。
 そもそも、どうにも事態が見えてこない。いったいあの愛娘は、何がしたいのだろうかと首を傾げながら歩いていると、視界の中に、3人の女性が立ち塞がった。
「————そこまでだ。ここを通りたくば、私達を踏み越え…………いや、出来れば多少は優しく…………もっと言えば可能な限り穏便に、いっそジャンケンとかで負かしてもらえるとありがたいです」
「…………え?」
「セイン姉様、お気持ちは分かりますが、意味が分かりません」
「御足労おかけしてすみませんでした、高町教導官」
 何やら手にしたアンチョコを読み進めようとして、腰の引けたアドリブを加えたセイン。毒気を抜かれたなのはに、オットーが頭を下げる。いよいよ訳が分からなくなって来たなのはは、説明を求めるようにオットーの方を見た。
「実は————」
《説明には及ばないよ、オットー!》
 オットーが口を開こうとしたその時、唐突にモニターが開き、仮面姿のヴィヴィオが大写しになる。その姿に、思わず噴き出しそうになったなのはだったが、頬をひくつかせながらも、事態を静観していた。
《ほーっほっほっほ! よくぞここまでたで、辿り着いたものね!
 でも、あなたの大事にゃユーノ・スクライアは、この通り簀巻きになっちゅるわ!
 たしゅ、助けたかかったら立ち塞がる7人の戦士達をたた倒してゆくのねっ!》
 慣れていない口調のせいで噛み噛みも良いところのヴィヴィオに、なのはは頬だけひくつかせたままで、半眼の笑顔を向ける。
「————ええと、セイント・デビル団で良かったかな。
 まあ、なんだか良く分からないけれど…………ユーノ君をそんな風に扱って…………覚悟は出来てるんだよね?」
 底冷えのする、強烈な殺気がモニター越しにヴィヴィオに届く。ヴィヴィオはその中で、仮面の下から滂沱と涙を流しながら、
《ほーっほっぼっ————ぅえふっ!? けほっ、けほっ! …………あー、むせちゃった…………。
 か、覚悟なんて出来てないけど、開き直ってはいるんだからっ! そう言うことで!》

 ぱしゅん。

 何かこう、言いたいことを言うだけ言って、ヴィヴィオからの通信は途切れた。なのはは、なにかを圧し殺すように大きく溜息を吐くと、3人に向かって、深々と頭を下げた。
「ごめんね3人とも、自分のお仕事とかも有るだろうに、うちの娘の奇行に付き合わせちゃって…………普段はこんな子じゃないんだけど…………」
「あはは、お気になさらずー」
 なのはの言葉に、セインが苦笑して手を振った。
「それでその…………通してもらっても良いかな?」
 改めてなのはが聞くと、3人は顔を見合わせ————

「うわー」「ぐふっ」「やーらーれーたー」
《ちょっとおおおおおおおおおおっっっっっ!!?》

 ものすごい棒読みで倒れ伏す3人に、再び通信のウインドウが開き、狼狽したヴィヴィオが猛烈に突っ込む。
「ま、まさか滲み出る魔力の余波だけで、我々を倒すとはー」
《取って付けてる! 取って付けてるよセインっ!?》
 半泣きで訴えるヴィヴィオは華麗にスルーしつつ、セインとオットーとディードは直立のまま仰向けに倒れながら、なのはに道を譲った。
「ということで、どうぞお気になさらずお進み下さい、高町教導官」
「————他の4姉妹に関しては、せっかくなので実力の程を見て頂きたいと申していました。御面倒をおかけして申し訳無いのですが、よろしかったらお相手をしてあげて頂けますか?」
 ディードの言葉に、なのはは苦笑して頷く。
「迷惑を掛けたのはうちのヴィヴィオだから、そのくらいは気にしなくて良いよ。わかった、話には聞いてたけど…………噂のN2Rの実力、見せてもらうね。ディード、伝えてもらっても良いかな?」
 なのはの言葉に、ディードは念話で通信を繋ぎ、
「…………姉様達より、『感謝します、教導官殿』との事です。それでは、お気をつけて」
「————あ、それとですね」
 立ち去ろうとしたなのはを、最後にセインが呼び止める。そして、片眼を閉じて、
「娘さん、あまり怒らないでやって下さいね。悪気が有ってやってるわけでもないんで」
 小声でそう告げてくるセインに微笑もうとして、結局なのはは苦笑する。
「悪気を持ってやってるのなら、この時点でもっと怒ってるよ、わたしは。…………優しい子だね、セインは」
 なのはの言葉に、セインは照れ笑いをしながら頬を掻き————
「————まあ、すこーし叱りはするけれどね。どんな理由が有るにしても、今回はちょっとやり過ぎ」
 なのはの言葉に、ただ苦笑いを浮かべるのみだった。ちなみに、モニターの死角で話をしていたため、ヴィヴィオから見えたのは、最後の言葉を口にしつつ、目だけ笑っていない笑顔を浮かべる母の姿だけであった。


 ヴィヴィオと簀巻きがいる大部屋から、二つ分離れた所に有るやはり大きめの部屋。そこで4姉妹は、なのはを待ち受けていた。
 フォワードにノーヴェとウェンディ、センターガードにチンク、そして、フルバックとして、中距離火砲支援のディエチを配置し、N2Rはやる気満々である。若干一名、事ここに至ってもまだトラウマに怯える少女がいたが。
 やがて、いつの間にジャケットをモード・チェンジしたのか、エクシードなエース・オブ・エースが部屋に辿り着く。
「————なにやら、妙なことになってしまいましたが…………我々が陸上本部寄りである以上、滅多に無い機会ですので————恐れながら、勝ちに行かせて頂きます」
 静かに告げるチンクの声に、なのはは満足そうに頷いた。
「うん、せっかくだからね。お互いに全力全開、やれるだけやってみようか」
 本来なら、一対一でも並の局員では敵わない、戦闘機人4人の連携が相手である。それにも関わらず、なのはに全く気負いは無い。じり、と改めて構え直すノーヴェとウェンディを前に、ゆっくりとレイジング・ハートを掲げる。
「それじゃあ始めようか。行くよ? レディ————ゴー!」
 なのはの号令にきっちり合わせて、赤毛の二人が駆ける! ライディングボードに乗ったウェンディよりも一足早く、ノーヴェが一気に加速して————なのはは、下がりつつ迎撃と言う考えを、その瞬間に改めた。ノーヴェのトップ・スピードは、推測してスバルと同等以上であることは間違いない。さらに、突進して来ているもう一人は、射撃系である。一度のフラッシュ・ムーブでは、まず距離が足りない。かと言って、連続使用で退避しようにも、相手のフルバックには、ともすれば自分と同レベルに在りかねない、砲撃手のディエチがいる。下がってジリ貧になる危険性をはらむのであれば、前に出て押し通る。それが、『エース・オブ・エース』高町なのはの戦い方だった。
 事実、虚を突かれたように、ノーヴェの足が一瞬鈍る。しかし、もちろんそれは、隙になりうる程のものではない。
「————ぉぉおりゃあああぁぁぁっっっ!!」
 気合い一発、真っ直ぐに飛び込んで来るノーヴェに対して、なのはは落ち着いて、プロテクションを発動する。頑丈さに定評のあるなのはのプロテクションだが、カートリッジも使わず、足も止めずの発動ともなれば、そうそう保つものではない。しかし、元よりなのはは、ノーヴェの攻撃を『いなす』ために、プロテクションを展開したのだ。面を半球状にする事によって、打点をずらされ、ノーヴェの身体が大きくぶれる、その間隙を縫って、ノーヴェの脇をすり抜け————
「ここっす!」
 響くのはウェンディの声。予測していたその状況に、改めてウェンディの方を注視すれば、ウェンディを取り巻いて十個程度の魔力球が浮かんでいる。
(————追跡誘導弾!?)
 当りを付け、なのはは即座にディヴァイン・シューターを起動する。誘導弾は、同じ誘導弾系の魔法で迎撃するのが最良の策だ。もっとも、注意を払うべきは、ウェンディだけではない。ディエチの砲撃と、そして————

「————————っあぅ!?」
《Protection.》

 つごぅむ!!

 注意は払っていても、避けられるものではなかった。唐突になのはの正面から無数のスローイング・ダガーが出現し、それら全てが爆弾となってなのはを強襲する。ディヴァイン・シューターの制御をする間もなく、レイジング・ハートが自動起動したオーバル・プロテクションによって辛くも凌いだなのはの前に、放たれたウェンディの光弾が迫る! なのはは改めてプロテクションに魔力を注ぎ込み、光弾を受けきる覚悟を固め————

 ピシュン!

「え————?」
 なのはのプロテクションを掠めて過ぎる4条の光線。それが、ディエチの放ったものであると気付くのに、僅かに時間を要した。もちろん、戦闘開始からディエチの動向は気にしていたのである。単独攻撃の破壊力としては、4人の中で間違いなくトップ。連携の最後には、ディエチの砲撃が待っているだろう、と。だからこそ、ディエチのイノーメスカノンにチャージされる魔力の量には、常に気を配っていたのだ。
 確かに、チャージが妙に遅いことは、気がかりではあったのだが…………こんな光条では、バリア・ジャケットを貫くほどではない————と、そこまでを一瞬で考えて、ようやくなのはは、4姉妹の狙いに思い当たった。そう、おかしいのだ。光弾を制御してるウェンディは分かるが、なぜノーヴェの追撃が無い!? いつしかフォワード二人もなのはから離れており————

「しまっ…………!!」

 ————づどごぉぉっん!!

 なのはの方に向かい、少しずつ漂っていた魔力光は、ディエチの放った光条に貫かれた瞬間、一斉に大爆発を巻き起こしたのである。プロテクションを張ったままで、足止めされていたなのはを巻き込んで。
 廃工場の一室に立ち上った爆炎は、なのはを完全に覆い隠して膨れあがった。

 

「…………やったか?」
 爆煙と粉塵が立ちこめる中、左目を凝らしてチンクが呟く。言いながらも、チンクは手応えを感じていた。あのタイミングで、避けることなど不可能なはず。威力設定は慎重にさせたので、バリア・ジャケットを多少貫く事は有っても、大怪我を負わせてしまったはずはないだろう。しかし、模擬戦における勝利条件を満たせるほどには、ダメージを入れられたはず————

 ————チャキ。

「な————!?」
 背後から首筋に突きつけられた、レイジング・ハートのストライクフレームの感触に、チンクの頭の中が真っ白になる。次いで、
「うぁっ!!」
 聞こえてきたのは、フルバックの妹の声。視線だけで見遣れば、そこにはバインドに捕らえられたディエチの姿があった。そして、フォワード二人の足が完全に止まっている事に気付く。叱咤する前に確認すれば二人とも、背に触れるか否かの距離に接近していたデヴァイン・シューターによって、完全に無力化されていたのである。
 ほぅ。と息を吐き、チンクはゆっくりと両手を挙げた。
「最後の最後で、一つだけ失敗してるね」
「————失敗、とは?」
 もはや良いだろうと後ろを向くと、バリア・ジャケットの上着を脱ぎ捨てた、アンダービスチェ姿のなのはがいた。
「あれだけ大きな爆発を起こしちゃうと、自分達も事の結果をなかなか掴めない。だからこうして、大ダメージは免れてしまっていた、相手の存在を見逃すことになっちゃうんだよ」
「…………どうやって凌いだんすか? 誘導弾に見せかけたフローターマイン、早さはともかく、威力と見た目には自信が有ったんすけどねー」
 ウェンディの質問に、にっこりと微笑むなのは。
「うん、偽装も完璧だった。正直、爆発の直前までだまされてたよ。
 やったことは、そんなに大したことじゃなくてね、オーバル・プロテクションを縮小して、それに伴う余剰分の範囲をバリアバーストの要領で吹き飛ばして離脱開始。ジャケット・パージで推進力を追加して、あとは、バリアで爆風に乗る形で、爆心地からの離脱完了。そのまま、この状態に————って所かな。
 ウェンディの失敗は、デヴァイン・シューターがまだ生きてた事に気付かなかったこと。ノーヴェもだけどね」
「…………あんな爆発に翻弄されながら、魔法の制御を二つ以上行使出来る人間なんて、あんた以外にいないだろうが。ディエチの言う通り、人間じゃねーよったく…………」
 結局、囮攻撃以外に出番が無く、見せ場を作れなかったノーヴェは不満げにぼやく。
「ディエチ、ピンポイント・ショットはお見事だったよ。エネルギーの使い方も、直前まで狙いが分からないように、上手く工夫されていた。でもね、砲撃手は撃ってそれまでじゃ駄目。相手に的を絞らせないように、常に動き続けてないと、こうしてバインドや砲撃に捕らえられる事になるよ」
「…………はい」
 一人ずつにダメ出しをしつつ、最後になのはは、改めてチンクの方に向き直った。
「————そうだね、3割……いや、2割って所かな。ブラスター無しで、わたしがあなた達に勝てる可能性は」
「え————!?」
 なのはの口から告げられた言葉に、チンクをはじめ、4姉妹は一様に唖然とした。
「ブラスターを全解放しても、やっと五分五分って所だと思う。あなた達の連携技術の高さは、誇って良いよ」
 ダメ出しから一転、唐突にべた褒めとなったなのはの言葉に、ウェンディが高揚しながら、
「えっと、それってどう事っすか!? 今の内容じゃ、全然そんな風には感じなかったんスけど!」
「ほぼノーダメージで切り抜けといて、よく言うよ…………」
 ノーヴェの言葉をチンクがたしなめるまでもなく、なのはは微笑んで続ける。
「もしも最初の一歩、前に出ないで後ろに下がっていたら、その後は多分詰め将棋。何も出来ずに負けていたのはわたしの方だと思う。それに、たとえば今この場でもう一度やったとしたら、今度は十中八九、勝てないだろうね。連携が始まった瞬間、色んな行動をシミュレーションしてみたけれど、切り抜けられるのはあの行動しかなかった。
 ————だけどね、どんな不利な状況でも、決して負けずに、戦況を覆すのが、わたし達エースの役目。だからわたしは、勝たなければいけない初戦だけは、落とさない。それが、今の模擬戦の明暗を分けた理由だよ」
 微笑みながらも、毅然とした態度で告げるなのはに、4姉妹は言葉を失い、ただただ感服する。天の邪鬼なノーヴェも、感じ入るところがあったのか、少々ぼうっとした表情で、なのはを見つめていた。
「————参りました、完敗です。戦闘技術も、志も。それでは、総帥と司書長がお待ちかねですので、どうぞこのままお進み下さい」
 チンクに言われて、ようやくなのはは、自分がここに来ていた理由を思い出した。通常ならば教導をしている時間なので、完全に教官モードになってしまっていたらしい。
「うん、ありがとう。…………それで、ヴィヴィオがなんでこんな事をしたのか、何か聞いてるかな?」
 なのはの言葉に、4姉妹は顔を見合わせ、代表してディエチが口を開く。
「————実はですね…………」


 簀巻きのままのユーノを完全に放置したまま、ヴィヴィオはひたすらにテンパっていた。
「————聖王の鎧を全開にしてのガチバトル……だめ、防御を固めてもサンドバッグになるだけっ……! 罠を沢山用意すれば…………って、そんな時間もう無いよっ! ユーノさんに魔力刃を突きつけて、『この男の命が惜しければ』って、そんなに死にたいのわたし!?」
「…………ヴィヴィオ、素直に謝るのが一番良いと思うよ、僕は?」
「ふぇぇぇぇん…………」
 仮面を着けたまま、滂沱と涙を流すヴィヴィオ。

 コツ、コツ、コツ…………

 開け放たれた扉の外から響いて来る足音に、ヴィヴィオの全身が総毛立つ。まさか、最愛の母の足音に、ホラー映画さながらの恐怖を感じる日が来ようとは、思いもしなかった9歳の某日。ついになのはが、ヴィヴィオとユーノの前に姿を現した。
「ほ…………ほーっほっほっほ! よくぞここまで————」
「————慎重に口を開きなさい、ヴィヴィオ」
 やけくそ気味に、さっきまでのテンションで演説しようとしたヴィヴィオは、全くもって完膚無きまでに笑っていない母の言葉に、蝋人形の如く口を閉ざす。
「ヴィヴィオが最初に何て言うか、それによってわたしは、『なのはママ』か『ユーノ君を助けに来た、時空管理局戦技教導官』になるかを選ぶから」

 ————————静寂。

 ややあって、ヴィヴィオは恐る恐る仮面を外した。円らな瞳からは涙があふれ出て、もはや鼻水だかなんだか分からないくらい顔をべちょべちょにしながら、何度もしゃくり上げながら、ようやくヴィヴィオは口を開いた。

「…………っく、ひっく……ま、ママ……ごめ、ごべんなざいぃ…………」
 選んだのは、唯一の生還出来る選択肢。果たしてなのはは一つ息を吐くと、母の顔に戻った。

 ————こめかみに浮かんだ怒りマークはそのままに。

「うん、よく出来ました。じゃあ、選ばせてあげるね。お尻叩きと、魔力ダメージでノック・アウト、どっちが良い?」
「………………ふぇぇぇぇん…………お尻叩きでお願いじばず…………」
「なのは、お手柔らかにねー…………」

 

 7人姉妹が戻ってみるとそこには、蹲ったままお尻を押さえて泣きじゃくるヴィヴィオと、ユーノの縄を解くなのはの姿があった。
 道中遠くの部屋から、『パチーーーーンッ! ばちーーーーんっ!』と言う景気の良い音と、聖王陛下のあられもない泣き声が聞こえていたが、そこは音が止むまで入室を自重した上で、ガンスルーを決め込んでいた。
 ようやく解放されて伸び上がっていたユーノは、姉妹の方を見て微笑む。
「あ、お疲れ様。ほんとに、迷惑かけてごめんね」
 気楽に告げられる管理局高官の謝罪に、姉妹は嬉しくも苦笑いである。もっとも、目の前の青年の人なりを考えれば、なんら不思議な事でもないのだが、今まさに世間の荒波に揉まれている身としては、なんとも言えない緩さに戸惑いを感じる部分もあるのだった。
 と、ようやく縄を片付けたなのはが、いまだ泣き続けてるヴィヴィオの元へと近づく。そして、涙を溜めたまま上目遣いに見上げて来るヴィヴィオに、ふっと微笑んで抱き上げた。
「まだ、お尻痛い?」
「…………ぅん」
「仕方ないね、みんなに迷惑かけちゃったんだから、きちんと罰は受けないと」
「…………ぁぃ」
 しおらしく反省するヴィヴィオの髪を、なのはは優しく梳き撫でる。
「ディエチに聞いたよ。わたしとユーノ君の事を想って、こんなことしたんだって?」
 抱きついたまま、ヴィヴィオは頷きだけで応える。なのはは苦笑しながら、「しょうがないな」と言う溜息を吐いて、
「————フェイトちゃんにも、はやてちゃんにも内緒。知ってるのは、本当に少しだけだからね」
「……………………ぇ?」
 なのはの言葉に、どういう事かとヴィヴィオが顔を上げると、いつの間にかユーノもまた、傍に来ていた。
「多分、あと半年くらいだけ————待ってくれないかな? そうしたら、きっとヴィヴィオのお願いが叶うから」
 言って、なのはと目を合わせ、二人で頬を染めて微笑む。その様子を見て、ヴィヴィオは言葉に込められた意味を読み取り、涙の残る眦に、笑顔の花を咲かせた。そして、満面の笑みのまま、ぎゅっとなのはにしがみつく。なのはも強く抱き締めてやり、今度はユーノが、その頭を撫でるのだった。
「————みんなも、他の人には内緒にしておいてもらえるかな?」
「特に、はやてちゃんやスバル、それにシャマル先生とかには絶対にばれないようにね。すぐに他の人にも広まっちゃうから」
 ユーノとなのはが口々に言うと、展開に置いてかれていた姉妹諸君も、戸惑いがちに頷く。すると、なのははユーノに目配せをして、姉妹の方に改めて向き直った。
「さて、それじゃあみんな、ヴィヴィオが迷惑かけたお詫びをさせてもらえるかな? これから、みんなで一緒に遊園地でも行こうと思うんだけど————」
 なのはの言葉に、慌てたようにチンクが両手を振る。
「いえそんな、司書長殿に無礼を働いた上に————」
「マジっすか!? いえーい、遊園地遊園地ーっ!」
「こ……こら、ウェンディ!」
「良いですねー、いっつもシスター・シャッハに締め付けられてるんで、たまには息抜きでもしたいですよ本当に」
「セインまでっ…………!」
「ノーヴェは、何か乗りたいものは有るか?」
「あたしは別に…………」
「来たくないんなら、別に来なくてもいいっスよ、ノーヴェ」
「行かねーとは言ってねーだろ!」
「ディード、僕メリーゴーランドに乗ってみたい」
「うん、一緒に乗ろうオットー」

 話題が出来れば途端に姦しくなるのが、彼女たち姉妹である。一気に騒然としだした雰囲気に和みつつ、またヴィヴィオの頭を撫でてやりながら、なのはは今一度、ユーノと視線を絡め合う。

 ————そんな母の様子を見ながら、ヴィヴィオはお尻の痛みを省みつつ、こうして二人の想いを知る事が出来たのだから、授業料としては安かったのかな、と微笑むのだった。

 ————了。

inserted by FC2 system