アクセル・シューター等の誘導制御型魔法を使用する上で、その砲座であり弾丸そのものになるのが、高機動スフィアである。生成の上では、まず外殻となる面を密度の高い魔力で構成し、それから球央に起爆剤とも言える中心核を据え置く。あとは中心核から外殻にかけての隙間を、思念制御リンクと自律機動制御の両術式を重ね合わせる事で埋めてゆくのだ。その層が多ければ多いほど、術者の制御がクリアになり、また何らかの理由で制御を離れてしまった時の、自律行動への推移がスムーズになる。これが、高機動スフィア生成の大まかなプロセスであり、スフィアの特性である。
 対して、スターライト・ブレイカー等に使用する収束スフィアは、まず中心核を創り出す所から始まる。表面を微細に観察すると、厳密な球ではなく、全方位に向かって腕を伸ばすような中心核になっており、術者の制御によって集められた魔力と結びついてゆく特性を持つのだ。更に、結合した魔力の表面から、同様の腕を伸ばす術式を組み込んでいて、分子間における原子の結合のように、術者の力量次第で大きく膨らませていく事が出来るのだ。また、外殻は作らないわけではない。収束した魔力を留めやすくするために、中心核を覆うような形で、言わばゴム状の、伸縮性の高い魔力で包むのである。これによって、膨張した魔力が結合しきれなくなって霧散する事を防ぎ、また放出の際には、その一部分を開放する事によって、魔力の奔流に指向性を持たせることが可能になるのである。
 よって、結論としては、両スフィアにおける共通点は『中心核・外殻とそれに付随する術式から成る』ことであり、相違点は数点上げられるが、例えば『外殻の魔力密度』『中心核の性質』『生成プロセスの順序』等が正解となる。

 ————ヴィヴィオの解答————
 共通点……術者の魔力光次第で、どちらも色は同じ。
 相違点……大きさ。

 …………間違ってはいない。間違ってはいないが、そういう事を聞いているのではないのだ。


 【魔法少女リリカルなのはSS『想い、通じて』<後編>】


 時折ワイングラスを口に運びつつ、なのははゆっくりと語る。
「わたしね、ヴィヴィオが望むことは、少しでも多くやらせてあげたいと思ってるんだ。わたしが手伝えることなら、何でもしてあげたいとも思ってる。
 ……それでね、結構前の話になるんだけれど、ヴィヴィオ、こんな風に言った事があるの。
『ヴィヴィオ、なのはママみたいに沢山の人を助けられる人になりたい!』って。わたしのアクセル・シューターとか、スターライト・ブレイカーとか、全部使えるように頑張るんだ、って。わたし、もう嬉しくて……堪らなくなって、思わずぎゅっ、って抱き締めちゃった」
 幸せそうに微笑むなのはを見て、3人の表情も釣られて笑顔になる。
「それから、わたしが練習をしてると、時々ヴィヴィオが見学するようになったんだ。あの子は元々、高速データ収集って言う固有スキルを持ってるから、覚えがとても早いんだけど……それって、深層意識での自動学習のようなものみたいで、ヴィヴィオ自身が意識してやってる事じゃないみたいなんだよね。
 だから、お手本を見せてあげれば、それと同じような事はすぐに出来るんだけれど、あくまでもそれは直感的な物で、実質的には身になってない。それが、この問題を間違えた理由なんだと思う。憧れとか、そう言うのだけじゃなくて、しっかり身につけないと、わたしみたいな事になっちゃうから……」
「…………そうね」
 最後は幾分陰を落としたなのはに、アリサは酔いが醒めたように、真面目な顔で頷いた。はやてもすずかも、一様に押し黙る。4人の脳裏に有ったのは、出来れば思い出したくもない、あの12年前の事故である。
「あの時のわたしは、疲労を自覚してたはずなのに、無理を承知で出撃して…………演習中の突然の襲撃に、全く反応出来なかった。頭の中が真っ白になってたのに、咄嗟にアクセル・シューターを起動しようとして……」
《I was surprised at your choice.(あの時は本当に驚かされました)》
 半ば呆れたように、レイジング・ハートが口を挟む。それになのはも苦笑して、
「感覚で魔法を組むって言うのは、本当に危ないね。何が何だか分からなくなったのは、ただの一瞬だったけれど、その一瞬で十分過ぎた。アクセル・シューターを起動しようとしたのに、生み出したのは収束スフィア。矛盾が負荷になって、レイジング・ハートが瞬間的にフリーズして————待ってたのは、魔力の大暴走。その隙に、ガジェットにきつい一撃をもらっちゃって、後は知っての通り。これも、後々で知った事なんだけどね」
「…………なんちゅう悲惨な状況や。なのはちゃん、ほんま良く生きとってくれたなー……」
 初めて聞いた事件時の詳細に、はやての表情も引きつるのを通り越して、半ば以上に呆れ顔である。アリサもすずかも、魔法の説明に関しては理解出来ないものの、なのはがどれだけの大惨事に陥ったかは知っていたため、渋い顔である。
「何も考えないでも使える魔法だと、下手に考えてしまった時に、取り返しのつかないミスになってしまう。だから、ヴィヴィオにはしっかりとロジックを教えてから、全部理解出来た上で身に着けさせていくつもりだったんだけど…………失敗、しちゃったな…………」
 枯れ果てたと思っていた瞳から、再び一条の涙が滑り落ちる。ほろ酔い程度に飲んだ酒が効いているのか、なのははすすり泣き、独りごちる。
「…………会いたいな、ヴィヴィオ。会って、謝りたい。それから、力一杯抱き締めて……思う存分撫でてあげたい。ヴィヴィオの笑顔が見たい。…………ヴィヴィオ、会いたいよ…………」
 そんななのはを、隣に座っていたアリサが、何も言わずに肩を抱く。すずかも席を立ち、なのはの傍に腰を下ろして、きゅっと握られた拳の上に、そっと手を重ねてやった。
 ただ一人動かなかったはやては、そんな3人の光景を見て、優しく微笑む。
(————思ってたよりも早かったけれど、ええよね、フェイトちゃん)
 胸中で一人呟き、はやてはフェイトへと念話を繋いだ。


 フェイトが、ヴィヴィオになのはの胸中を語ったのは、折りしも丁度その頃で————目の前のヴィヴィオは、もう涙の堤防が決壊して、泣くのを抑えることもせず、ただしゃくり上げるのみだった。リンディとエイミィは、一言も口を挟まず、その年若い母親代理の手腕を見守り続けていた。
「…………ヴィヴィオ、なのはママのこと、きらい?」
 フェイトは、昼にもした質問を、今一度繰り返す。それは、答えの分かっている意地悪な質問で————
「…………ぃすき…………」
 震える唇を必死に動かして、舌を噛みそうになりながらも、ヴィヴィオは一生懸命に言葉を紡ぐ。フェイトは、慈しむように微笑んで、最後の一押しを————押した。
「——なに? なんて言ったの、ヴィヴィオ」

「————大好きだよっ!!」

 迸ったのは、押さえ込めていた感情の吐露。一度堰を切ってしまえば、もう後は止まらない。
「ずっとヴィヴィオを大事にしてくれた、なのはママだもん! ヴィヴィオの一番大切な人! ヴィヴィオに家族をくれた人! きらいになんて……なれるわけないのに…………ぅ……ぁぁぁああああっっっん!! ヴィータさんの言う通りだよ! ばか! ヴィヴィオのばか! どうして、なのはママを信じられなかったの! どれだけ酷いこと、なのはママに言っちゃったの! ぅぅぅわああぁぁぁぁぁっっっん!!」
 顔を涙と鼻水でくしゃくしゃにしながら、ヴィヴィオは泣きじゃくった。大声でわんわん泣くヴィヴィオを、フェイトは服が汚れるのも構わずに抱き締め、背中を優しく叩いてやる。
 しばらくの間そうし続けて、徐々に落ち着いてきたヴィヴィオに、もう一度フェイトが尋ねた。
「さ……ヴィヴィオはどうしたい?」
 ヴィヴィオは答えようとして、喉を詰まらせる。会って謝りたい、そう言いたいのだが、なかなか一歩が踏み出せない。絶縁状を叩きつけてしまったのは自分なのだ。その事で、どれだけなのはを悲しませてしまったかと思うと、なのはに会わせる顔が無くて————
「————不屈の心が、なのはの心だろ」
 口を挟んだのは、カレルとリエラを寝かしつけてきたアルフだった。ヴィヴィオよりも小さな身体で、とことことヴィヴィオの元までやって来て、背伸びして頭を撫でてやる。
「なのははきっと、もう立ち上がってるよ。ヴィヴィオはどうなんだ? おびえたままで、ママに迎えに来てもらうのか? それとも、自分で立ち上がって、ママの所に行くのか?」
 アルフの言葉に、沈黙は一瞬だった。
「…………自分で行くよ。自分から、なのはママに謝りに行く。だってわたしは、高町ヴィヴィオだもん!」
 自らを鼓舞するように、叫ぶヴィヴィオを見て、エイミィが、リンディが、アルフが、そしてフェイトが、皆優しく微笑んだ。
《————フェイトちゃん、そっちはどないなってる?》
 はやてから念話が届いたのは、この時だった。
《ヴィヴィオはもう大丈夫。なのはの様子は?》
《グッド・タイミングや、こっちももう心配あらへんよ。そんなら……》
《うん、今から連れて行く。はやて、今どこ? 座標を送ってくれる?》
 はやて達の現在地を確認すると、フェイトは立ち上がって、ヴィヴィオの手を取った。
「…………それじゃ、なのはママの所に帰ろうか」
 言いつつ、何故かバリア・ジャケットにチェンジするフェイト。その様子に、他の面々は一様に怪訝な表情になる。代表して口を開いたのは、リンディだった。
「フェイト、そんな格好して何をするつもりなの?」
 返すのは、悪びれない笑顔でのただ一言のみ。
「うん、ちょっとね。全速力でなのはの所までヴィヴィオを届けてくる。ほら、少しでも早く、二人を会わせてあげたいし」
『————え゛!?』
 あっけらかんと告げたフェイトだが、リンディが、エイミィが、アルフが、そしてヴィヴィオまでが顔を引きつらせた。
「ちょ……フェイト、それって思いっきり服務規程違反じゃ…………」
「そうだよ! ここ最近は規制が厳しくなって、管理外世界じゃ訓練でだって飛ぶのは…………!」
 アルフとエイミィが口々に言い、次いでヴィヴィオが困りながら遠慮する。
「ふぇ、フェイトさん。そんな、ヴィヴィオのためにそこまでしないで。わたしのせいで、フェイトさんが怒られるなんてやだよ?」
 対してフェイトは、その言葉に笑みを深くする。返した言葉は、いささかピントのずれた内容だった。
「————ようやく、呼び方が戻ったね。そう、今のヴィヴィオのママはなのはだもの。これでもう、本当に大丈夫だ」
「ぁ…………うん。……って、そうじゃなくて!」
 一人、リンディだけが、事ここに至ってフェイトの考えに気付き、苦笑する。————この子は、いつからこんな無茶をするようになったのか…………。
「————なるほど、話は着いてるって事なのね?」
 リンディの呆れ半分の言葉に、満面の笑みで頷くフェイト。他の3人が怪訝にそれを見ていると、フェイトにホットラインでの通信が入った。携帯モニタを開くと、そこにいたのは3人の女性。
《そう言う事です、リンディ・ハラオウン統括官》
 口を開いたのは、悪戯っぽい表情を浮かべた教会騎士、カリム・グラシアその人だった。後ろに控えているのは、同じく悪戯じみた表情のシグナムと、何かを諦めたように頭を抱えるシャッハ・ヌエラ。そして、無表情の中にもどこか楽しげな様子のオットーだ。カリムは、わざとらしく真面目な顔をして、フェイトに対して指令を出す。
《フェイト・T・ハラオウン執務官、御休養の所申し訳ありませんが、そちらの第97管理外世界において、微量のロスト・ロギア反応を検出しました。あまりにも小さな反応であるため、誤認の可能性も有りますが……念のために現場に急行して頂けませんか?》
「————緊急事態みたいだね、母さん」
 フェイトの言葉に、苦笑するリンディ。エイミィもアルフも、引きつった表情は崩さない。
《…………まったく、こんな事がバレようものなら、厳罰では済みませんよ。騎士カリム、いくらご友人の頼みとは言え、これはさすがにやり過ぎです》
《大丈夫よシャッハ。私も執務官も、普段が真面目すぎるほどに真面目だから、誰も疑ったりはしないわ。今回は、たまたま——本当に偶然の誤認なのだから。ねえ、オットー?》
《はい、問題有りません。間違いなど、誰にでも有るものです》
 ————うわぁい、依頼しながら誤認って言い切っちゃったよ、この教会騎士。アルフが胸中独りごちるが、カリムに悪びれた様子は無い。
《テスタロッサ、そう言う事だ。どうやらその座標には主はやてもいるようでな、なのはもその場にいるようだから心配は無いと思うが、万が一と言うこともある。お前なら信用して任せられるから……頼んだぞ》
「…………ノリノリだねー、シグナム」
 思わず呟くエイミィも、次第に楽しそうになってゆく。母親になってから自重しているものの、本来こう言った謀略が好きなのは、誰あろう彼女なのだから。
「ヴィヴィオちゃん、今度管理局の嘱託試験を受けるんだよね? だったら、フェイトちゃんに連れて行ってもらったら良いよ。規模の小さいロスト・ロギアなら、その封印までの一部始終を見学するのは、勉強になるよ?」
《ああ、それは良い口実ですね、エイミィさん》
「ぅえ!? え、えと、その……」
 クロノ繋がりで、エイミィとも面識があるカリムである。普段の調子を出して乗ってきた友人に、隠そうともせずにほくそ笑む。ヴィヴィオはまだ、あたふたと動揺していたが、
「行こう、ヴィヴィオ」
 そう言って、フェイトに手を取られると、ようやく肝が据わったのか、コクリと頷いた。フェイトは、その場にいた全員に対して、大仰に敬礼する。
「————では、フェイト・T・ハラオウン、聖王教会の依頼により、事態の確認に向かいます」
「行ってらっしゃーい」
「気をつけてねー」
「最後まで、よろしくねフェイト」
 その場にいた面々がこれまたわざとらしく見送り、モニターに対してはヴィヴィオがおずおずと頭を下げた。
「あの……カリムさん、シグナムさん、ありがとうございました。それと、シャッハ先生に、オットー。……ごめんなさい、迷惑かけて」
 カリムとシグナムは、そんなヴィヴィオに笑顔で応える。
《私は、ただ依頼をしただけよ。嘱託試験の勉強、頑張ってねヴィヴィオちゃん》
《あまり、なのはを困らせるんじゃないぞ、幸せ者》
《ついでに、この仕事の束を押し付けて下さった特別捜査官殿に、愚痴の一つでも漏らしておいて頂ければ幸いです、陛下》
《————ヴィヴィオは悪くないですよ。悪いのは、この悪戯好きの教会騎士なのですから》
 シャッハの半眼での皮肉に、苦笑するカリム。その間に、フェイトは窓を開き、外の様子を確認する。吹き込んでくる冷たい風に髪をたなびかせながら、まずは、目視確認だ。
「夜なのが幸いだったね。肉眼で確認出来る一般人、無し。バルディッシュ?」
《Yes,sir. No problem. Have a nice fright.(問題ありません。御意のままに)》
 バルディッシュが、座標までの空間をサーチするが、問題にしなければならないような障害物は無いようで、その結果に満足そうに頷くフェイト。改めて身体を抱き上げて、両腕でしっかりとヴィヴィオを支えてやる。
「じゃあ、行くよヴィヴィオ。舌を噛まないようにね」
「フェイトちゃんは、案内板に気をつけてね」
「っ!? …………え、エイミィ……その話はっ……!」
 ニヤリと笑ったエイミィに、フェイトの顔が真っ赤に染まる。ヴィヴィオはきょとんとして、
「————案内板?」
「ななななななんでもないからねヴィヴィオ!!」
「わ!? はいっ!」
 思わず乱れてしまった精神を、ゆっくりと安定させて————フェイトは、トリガーを引いた。
「————オーバードライブ。真・ソニック・フォーム」
《Sonic drive》

 ————ィギュォォッ!!

「————んきゃぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!?」
 凄まじい加速に、フェイトの姿は一瞬でその場から掻き消え、ヴィヴィオの悲鳴だけがドップラー効果を効かせながら、軌跡を残していった。


「ごちそうさんやー」
 注文していた酒を全て空け、そろそろお開きにしようかと、おあいそを払って4人は店を後にした。はやてを先頭に、まだ少々しょんぼりとしているなのはが続き、その後から、アリサの肩を支えてすずかが出て来た。アリサは完全に千鳥足+グロッキー状態のようで、ふらつく身体をすずかに支えてもらって、やっと意識を保っている様な状態だった。
「…………な……納得いかないわ…………。……なんれ、私以上のペースれ、私以上の量を飲んれたなのはは、そんなに普通れいられんのよ!?」
「あー……なのはちゃんは、教導隊の宴会とかで、結構慣れとるからなー。わたしも一度だけ参加したことがあったけどな、あれはすごかったよー。酒やのうて、水? みたいな感じやった」
 はやての言葉に、アリサは毒づこうとして、唐突に顔を真っ青にしてえずく。慌ててすずかがハンカチを差し出すが、なんとか大事には至らなかったようだ。
 なのはは、空の星々を見上げて、物思いに耽っていた。潤んだ瞳で、たった一人の娘の事を想うその姿に、はやてはそっと近づいてゆき、肩を抱いた。
「……はやてちゃん」
「なのはちゃん、大丈夫やよ。もう、なのはちゃんは答えを得てるんやし、向こうにはフェイトちゃんがおるんやから。きっと、すぐにでも元通りになれる。いや、前よりももっと、ええ母娘になれるって。元気出し、なのはちゃん」
 優しい言葉に、なのはは幽かに微笑み————
「なのはちゃん、あれ、流れ星やないか? せっかくやし、お願いしてみたら」
 はやてが指す夜空を見遣ると、そこには金色の光が瞬いていて、はやてに言われるまでもなく、なのはは我知らず掌を組み、マルチタスクまで展開して願い事を胸中に浮かべた。
『ヴィヴィオと仲直り出来ますように』
 3つの思考で同時に想って、人類初の願い事3度を成功させたなのはは、その流れ星の行く末を見届ける。超高速で流れるその黄金星は、次第にその光を大きくして…………大きくして?
「————さて、人払いと、魔力遮断……それから、音声遮断でええかな」
 なのはの隣では、いつの間にスタンバイ・モードにしたのか、シュベルトクロイツを構えるはやての姿が有った。
「え? ちょ、何、え!?」
 なのはが混乱している間にも、流れ星————と、認識していたそれは猛スピードで近づき、はやてははやてで、落ち着いて結界を展開させている。なのはの様子に、電信柱に手を着き、すずかに介抱されていたアリサが何事かと振り向き…………なのははここに至ってようやく我に返り、即座にアクセル・モードでレイジング・ハートを起動。刹那の間を置かずにアリサとすずかの前に飛び込んで、オーバル・プロテクションを発動し————

 ドォォォォッンッッッ!!

 金色の閃光が着弾して、辺りは一瞬、粉塵に包まれた。もっとも、結界の構成は良好なので、付近の一般人への影響は無い。油断無く粉塵の中心を睨みつけていたなのはは、粉塵が晴れると共に姿を見せた二人の金髪に、眼を丸くした。
「フェイトちゃん……それに、ヴィヴィオ!?」
 連れて来ていた衝撃波のために、凄まじい着地になったものの、最後の瞬間の慣性は、ほぼ完全に中和していたフェイトは、仰天するなのはににっこりと微笑んだ。
「————お届けものですよ、お母さん」
 その言葉に、フェイトの腕の中で硬直していたヴィヴィオも、ようやく我に返った。フェイトに促され、地に足を着けて、怯えた小動物の様な表情で、もじもじと上目遣いになのはを見る。
「…………ぁ…………まま…………」
 対するなのはも、踏み出そうとする一歩が中々動かない。ジリジリと震える脚をもどかしく思いながら、なのはもまた、頼りない表情でヴィヴィオを見ていた。
「…………ぅ……ヴィヴィオ…………」
(————せーの!)
 そんな二人の後ろで、こっそりとアイ・コンタクトを取っていたアリサとフェイトが、念話でもないのに抜群のタイミングで、それぞれの目の前の背中をどん! と、突き飛ばす。
『————っ!』
 ふたりは同時につんのめり、数歩踏鞴を踏んだ後、ちょうどその真ん中で、なのはの腕の中にヴィヴィオが収まった。

 どくんっ!

 心臓が脈打ったのも、同時。まだ別れてから10時間も経っていないのに、永劫の刻を離れて暮らしていたような錯覚。待ち望んでいたその温もりに、まずヴィヴィオの堤防が決壊した。
「…………ぁぁ…………ぁぁああぁ! ママっ! ……なのはママ! なのはママぁっ!! …………ふぇ、ふえええぇぇぇぇぇんっっっ!!」
 その洪水は、急拵えのなのはの堤防も容易く飲み込み、なのはの瞳からも、滂沱と涙が溢れ出す。
「…………ヴィヴィオ……ヴィヴィオ、ヴィヴィオ! ……ぇぅっ、ごめんね、ごめんね! ヴィヴィオーーーーっ!! ぅぅぅぅうううううううぅぅっっっ!!」
 お互いがお互いを、痛いほどに強く抱き締め、その涙を絞り尽くすかの様に泣き叫ぶ。二人の涙は混じり合い、いくつもの飛沫となってアスファルトを濡らした。嗚咽の他に聞こえてくるのは、二人の「ごめんなさい」と、ヴィヴィオの「ありがとう」。取り巻く4人の瞳にも、いつしかもらった涙が滲み、アリサに至っては酒の力か、自分もわんわん泣き出した。時折えずき声も入るのは、ご愛敬と言った所だろう。

『————ぁぁぁあああああああぁぁぁぁぁっっっっ!!』

 はやての張る結界の中、繋がり合えた母娘の泣き声が、静かな空間に優しく溶けていった。


 まだ、嗚咽の名残に鼻をすするヴィヴィオを、なのはは幼い頃にしていたように、愛おしく抱き上げてやっていた。幾分大きくなった身体は、なのはの両腕に若干重く感じたが、なのはにはその重さこそが、何とも言えず心地良かった。ふと、周りを見遣ると、ついさっきまで傍にいた4人が、少々離れたところで話している。なのはとヴィヴィオに、気を遣ってくれたのだろう。今は、母娘水入らずでと。
「————ヴィヴィオ、ごめんね。もっと、ちゃんと説明すれば良かったよね。ママが時々厳しくなる理由、分かってくれるだろうって甘えてた。辛かったよね…………」
 なのはの腕の中で、首を横に振るヴィヴィオ。止まらないしゃっくりを、なんとか押し止めて、潤んだ瞳でなのはを見る。
「……あ、甘えてたのは、ヴィヴィオの方。ママ、ずっとヴィヴィオのこと考えてくれてたのに、全然そんな気持ち分かってなかった。勝手なことばかり言って、終いには、勝手に癇癪起こして…………き、嫌いなんて、い、言っちゃって…………ぅ……そんなこと無いからね。……ママ……ママ大好き……お願い……ヴィヴィオのこと、嫌いに、ならないで…………」
 一生懸命に言葉を紡ぎながら、ヴィヴィオの瞳にはまた、大粒の涙が浮かび上がる。なのはは、堪らなくなって頬ずりしながら、笑って言った。
「わたしが、ヴィヴィオのことを嫌いになるわけ、無いよ。ヴィヴィオはわたしの自慢の、大事な大事な子供だもの」
 その言葉に、ヴィヴィオは胸を詰まらせて、声も無く何度も何度も頷く。後は、お互い言葉は要らなかった。母の、子の温もりを感じ、今こうして一緒にいられることに、幸せを感じる……美しい母娘が、そこにはあった。

 遠巻きに見ていたはやては、満面の笑みで頷く。
「うん、やっぱり、なのはちゃんもヴィヴィオも笑顔でなきゃあかんよね。あの二人に悲しい顔なんて、似合わへん」
「ほんとだね。見てるだけで、幸せを分けてもらってるみたいだよ」
 すずかもまた、眩しいものを見るように、眼を細めた。今日はいくつかの予定をキャンセルして来ていたのだが、この温かい想いがもらえたのだから、割に合うと言うものだ。同じく、予定をこじ空けて来ていたアリサに目を遣ると————泣いたせいで眼は真っ赤に充血し、見た目のグロッキー度が先程までよりも倍加していた。
「…………ところでフェイト、あんたなんだって、そんな恥ずかしい格好してんの? 正直目の遣り場に困るんだけど」
 アリサに言われたフェイトは、何を言われてるのか分からず、きょとんとした風だ。
「え? 恥ずかしいって、なんで?」
 全く分かっていない様子のフェイトに、酒の入ったアリサは歯に衣着せず捲し立てる。
「あのね! そんな身体のラインがくっきり出て、フトモモも二の腕もむき出しにしてる格好の、どこに恥ずかしくない要素が有るって言うの! ソニックだかコニャックだか知らないけれど、そんなんで男の前に出たら、逆セクハラも良い所よ!」
「え、え、そんなに言われるほど恥ずかしいの!? …………そう言えば、初めて見せた時は、エリオもなんか真っ赤になって、眼を合わせてくれなかった気が」
 ————これを息子同然の少年に見せたと言うのかこの天然娘は。
「こ……この歩く猥褻物陳列罪女がーーーっ!」

 すぱーんっ!

「あいたっ! ……って、酷くない!? その言い種は!」
 どこからともなく取り出したスリッパで叩かれ、しかも執務官としてあまりに不名誉な二つ名で呼ばれ、さすがにフェイトは抗議する。が、その背後から迫るもう一つの魔の手が有った。

 ふにょん。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?」
 唐突に後ろから、胸を鷲づかみにされて、声にならない叫びを上げるフェイト。確認しなくても、誰だかは分かる。自他共に認める『揉み魔』はやてであった。
「わたしもなー、正直フェイトちゃんのソニック見る度に、疼いてしょうがなかったんよー。や、そそるよ? その格好」
「そそるって…………ぁ……ちょ、はやて、やめ…………すず、助け…………」
 為すがままで、必死にすずかに助けを求めるが、当のすずかは、アリサからスリッパを取り上げ、腰に手を当てて説教していた。
「アリサちゃん、駄目だよスリッパで人の頭を叩いたりしたら。それにこれ、さっきのお店のスリッパでしょう。まったくもう、いつ盗って来てたの。後で一緒に返しに行くからね。大体アリサちゃんは……聞いてるの、アリサちゃん?」
「ああああああごめんすずか、頭に響くから、これ以上は勘弁してーーーっ!」

 派手に騒ぐ4人を見て、なのはとヴィヴィオはくすりと笑った。きっと打ち合わせも何もしてないだろうに、自分達を笑わせるために、ああして道化になれる親友達に、伝えきれない感謝を込めて。……はやては、役得と言うか、どさくさ紛れかも知れないが。
「————帰ろうか、ヴィヴィオ。明日は沢山遊びたいしね」
「————うん!」
 なのはの言葉にヴィヴィオは元気良く頷き、なのはの腕から降りて、手をつなぐ。そして二人で歩き出して————

「————なのは!」

 唐突に聞こえてきた、馴染みの声に思わず脚を止める。見れば、フェイト達も遊ぶのを(?)止め、声の方に目を向けていた。すると、全員が注目していた所に、翠の魔力光が収束して——次第にそれは人の形を取り、一人の青年の姿を成した。
「ユーノくん!?」「ユーノさん!?」
 声を上げたのは、なのはとヴィヴィオが同時だった。無限書庫から海鳴へ、高難度の長距離転送を容易く行使したユーノは、なのはとヴィヴィオの声にニコリと一つ微笑むと、まずははやてに近づいて、一冊の冊子を渡した。
「はいこれ。この前頼まれてた、『優先度最上位』の情報データね」
 渡されたそれを、礼を言いながら受け取りつつも、はやては訝しげな表情だ。
「最上位て……別に、どんだけ後回しになってもええよ、って言わんかったっけ?」
 はやての疑問に、ユーノはイイ笑顔であっけらかんと答える。
「ああ、最上位って事にしといて。そうすれば、緊急措置って事で、管理外世界への長距離転送が許されるから。しかも、都合良くはやてが結界張っててくれたから、色々楽だったよ。ありがとうね、はやて」
「…………って、ダシかいわたしっ!? フェイトちゃんと言い、ユーノ君と言い、わたしは転送ポートとちゃうよっ!?」
 どうも、便利なアイテム扱いをされているようなこの状況に、さすがに憤慨するはやて。
「…………なんて言うか、あんた達って意外と、職権乱用著しいわねー……」
「あはは…………いつもはそんなこと無いんだけど、今日はどうも、重なるね」
 いい加減弄られるのに懲りて、バリア・ジャケットを解除したフェイトが、アリサの半眼の突っ込みに苦笑する。ユーノは、はやての憤慨を華麗にスルーして、なのはとヴィヴィオの元へ歩み寄る。自分の目の前で、仲睦まじく手を結んでいる二人を見て、ユーノは一瞬、感謝の笑みをフェイトに送る。フェイトも微笑んで、自分だけの力じゃない、と首を横に振った。
 傍に来たユーノに、先に口を開いたのはなのはだった。
「————ユーノ君。ありがとう、私達や、フェイトちゃん達を信じてくれて」
 その言葉を聞いて、フェイト他その場にいた面々は、当のユーノとヴィヴィオを除いて一様に首を傾げる。あまりにも、中途の出来事を端折り過ぎているその言葉に。しかし、ユーノはそれだけで、なのはの言いたい事を全て理解していた。
「僕のやるべき事は、そこじゃないって分かってたからね。でも良かった、大丈夫だとは思ってたけど、そうやってまた仲良く出来てる二人を見られて、本当に安心したよ」
 言いながら、ヴィヴィオの頭を撫でてやると、気持ちよさそうにヴィヴィオも微笑む。周りで見ている4人としては、大体合点はいったものの、あまりにもツーカーなその会話に苦笑を隠せない。
「…………なんや、ユーノ君全部分かってたんやね」
「うん。それに、実はなのは、最初にユーノに頼ろうとして、寸前で思い止まったんだって。でもその後、わたしからユーノに連絡したんだけど……なのはがそうやって思い止まった事まで、なんか感じちゃってたみたいだよ」
「…………ったく、どんだけ通じ合ってんのよあの二人」
「以心伝心——羨ましいな」
 口々に小声で囃し立てる4人を尻目に、ユーノはなのはに向き直り、極上の優しい笑顔で口を開いた。
「なのは、夕方にレティ提督から連絡が来てね。ついに決まったよ。無限書庫の分割化の話」
「————ほんと!? ああ、やったね! ユーノ君!」
 こちらも花咲いたような笑顔で喜ぶなのは。聞き慣れない情報に、管理局に関係深い二人の興味が注がれる。
「無限書庫の……分割化?」
「ユーノ君、それ何の話や?」
 ユーノは、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、二人に説明し始めた。
「無限書庫は、その規模に対して、司書の数や部署が余りにも少な過ぎたんだ。そのために、僕が全部署をカバーしないといけなくなって、司書長兼実務部長みたいな感じになってたわけだけど————半年くらい前から、うちの部族の連中を何人か召喚して、各部署の専門家に成長させるプロジェクトを進めてたんだ。それで今日、レティ提督から連絡が有って、そのメンバーが実働に足りるレベルまで育ったから、ステップを最終段階まで進める事が出来るって」
「へえー! それで、そうすると、どうなるん?」
 興奮気味のユーノの言葉に、感化されたようにはやてが続きを促す。ユーノは勿体ぶることもなく、高らかに宣言した。
「僕が、無限書庫に常勤する必要が無くなるんだ! 各部署ごとにエキスパートを筆頭にしたチームが組まれるから、相当に稀なケースでない限りは、僕がいなくても仕事をこなせるようになる。だから、はやてがこの前僕に頼んで来たことにも、良い回答が出せるようになったよ」
「ユーノが!? すごいすごい! 良かったね、ユーノ!」
「うっわー、そりゃ嬉しいなあユーノ君! わたしとしても、助かるわー本当に!」
 まるで自分の事のように大喝采の二人である。ユーノが楽になったことに関しては、喜ばしい事だとは思うものの、どうにもテンションが追いつかないアリサが、すずかと連れだって、こっそりとなのはに尋ねる。
「…………ねえ、いったいユーノって、これまでどんだけ忙しかったの?」
「…………平均勤務日数が、月平均29日。勤務時間が、朝の8時から夜の8時まで。……こう言えば分かるかな?」
「…………ユーノさん、月に一度は、無限書庫で死んだように気を失ってる所を発見されてた時期も有りました……」
「…………ユーノ君、よく死ななかったね」
 ひそひそと話していると、ユーノが続いて嬉しそうに、しかし、真剣な表情になって、なのはを見ていた。
 それを見て、なのはもまた感極まったような表情になり、アイコンタクトに一つ頷いて「良いよ」とだけ答える。

「……なのは、ユーノ?」
 そんな二人の様子に、フェイトが訝しげに首を傾げると、ユーノはなのはへと近づいて、その頬を両手で優しく包み込んだ。

「え? ……ちょう、二人とも…………?」
 唐突なその行動に、はやての眉も怪訝に顰まり…………


 ————4人とヴィヴィオが見ている中————


 ————なのはの瞳がゆっくりと閉ざされて————


 ————その、桜色の唇に————


 ————ユーノはそっと、口づけをした————


『ーーーーーーーーーーーーーーーっっっっ!!?』
『わぁ…………!』

「————なのは、結婚しよう」
「————うん、ユーノ君」

 ————————————。

「ななななななななんですってーーーーーーーっ!?」
 まず吠えたのは、大方の予想通りアリサだった。夜闇に漂う点描すら吹き飛ばす勢いで雄叫びを上げ、酔いも忘れたように二人に詰め寄る。
「あああああんた達、いいいいったいいつから!?」
「そうやよなのはちゃん! 前に言っとったやん、『ユーノ君は大事な友達』やって!?」
 なのははにっこりと微笑んで、
「そうだよ、大事なお友達。————大事なお友達で、未来の……近い未来のわたしの旦那様」
「そんなんアリかーーーーいっ!!」
 赤く染まった顔で言うなのはの言葉に、別の意味で顔を真っ赤にしながら頭を掻きむしるはやて。
「ちなみに、僕たちが付き合ってたのは、なのはが中学生になった頃からだよ。本当に意識しだしたのは、もう少し前……なのはが大怪我をした頃からだけどね」
『なにいいいいいいいいいぃぃぃぃぃっっっ!?』
 再び大仰天の3人。フェイトは一頻り叫ぶと、ガクリとその場に膝を着く。
「ま…………まったく気がつかなかった…………」
 膨大な量の縦線を背負って落ち込むフェイトに、なのはは苦笑して、
「仕方ないよ。わたしもユーノ君も忙しかったから、付き合ってるって言っても、デートとかは年に2、3度出来るかどうかだったし、キスしたのだって、今が初めてだし、まあ……隠してたしね」
「…………なんで隠したりしたの、なのは?」
「————小学生の頃は、思いっきりアリサちゃんとはやてちゃんにからかわれてたからねー。その仕返しって所かな。……フェイトちゃんには、ごめんだけど。教えたら絶対、二人にもばれると思ってたから」
「うう…………反論出来ない…………」
 と、そこでアリサが気がついたようにすずかを見る。
「……そう言えば、すずかはあまり驚かないのね? ショックじゃないの?」
「うん、だって知ってたもん」

 …………………………

『なにぃぃぃぃぃぃっっっ!?』
 今度は、ヴィヴィオを除いて全員の声が唱和した。
「ちょ、すずか、知ってたって、いつから!?」
 ユーノが問うと、あっけらかんと答えるすずか。
「つきあい始めてすぐだと思うよ。だって、なのはちゃんその頃から、桜色のリップを使い始めたでしょう? それまで全然そんな事無かったのに、いきなりだったからね」
「…………た、たったそれだけの事で……カモフラージュで、フェイトちゃんにもつけててもらったのに…………」
「なのはっ!? あのリップをくれたのはそんな意味だったのっ!?」
 いい加減疲れたように、はやてが頭を抱えながらも尋ねる。
「……それで、なんで黙ってたん……?」
「うん、だってその方が、面白そうだったから」
「……ああもう、多分そう言われそうな気がしとったよ…………」
「すずか…………恐ろしい子…………!」
 驚きつつも、幸せ満面のなのはとユーノ。フェイト、はやて、アリサの3人は疲れと縦線を背負い、すずかは悪戯が成功したように、満面の笑みだ。
 ————そして、ヴィヴィオは…………

「……ユーノ、ぱぱ?」
 とことことユーノの元へ寄ってきて、上目遣いにおずおずと言う。
「————なに、ヴィヴィオ?」
 ユーノは優しく聞き返し、その瞬間、ヴィヴィオに笑顔の華が咲いた。
「パパーっ!!」
 体当たりするように抱きついてくるヴィヴィオを、しっかりと受け止めて、そのまま抱き上げるユーノ。なのはは横合いからヴィヴィオの頭を撫でてやり、自身も感極まった笑顔になる。
「ヴィヴィオ……これからは、パパとも仲良くしようね」
「あい!」
「————じゃあなのは、せっかくだし、これからなのはの実家に挨拶にでも…………」
 もうすっかり3人の世界に入りつつ、ユーノが提案しようとした時、地獄の底から響くような声が3人の耳に滑り込んできた。

「…………そうは行かないわ。挨拶は次の機会にでもしなさい。これからアンタ達は、あたし達と一緒に飲みに行くんだから」

 背中に突き刺さるような底冷えのする声に、ビクン! と身体を弾まして、なのはとユーノは、ぎぎぎぃっ、と言う音が立つような動作で、緩慢にアリサの方を見た。
「あの…………アリサさん……?」
「————ぅだーーーーっ!! ここまでコケにされて、黙ってられるもんですか! 挨拶だったらいつでも出来る! 今日は帰さないから、そう思えってんだベラボーめ!!」
「アリサちゃんっ!? アリサちゃんキャラがおかしいよっ!!」
 慌てふためくなのはの視界で、ゆらりと立ち上がる二つの影。言うまでもなく、フェイトとはやてである。
「…………うん、わたしも、お話聞きたいかな、なのは」
「まさかここで帰るー、なんて駄々っ子は、せえへんよね二人とも。あ、ヴィヴィオも付き合ってな、悪いけど」
「ヴィヴィオは平気ですよー。なのはママやユーノパパも一緒にいられるのなら、なんだって良いですー!」
 まさかのヴィヴィオの納得に、なのはとユーノの顔が引きつる。
「————まあ、こうなる事くらい分かってたよね、あのタイミングで言っちゃったら。なのはちゃん、ユーノ君。諦めが肝心だよ?」
 すずかがにっこりと助長して————

『そ……そんなーーーーーーっっっ!!』

 二人の絶叫が、未だ展開されたままの結界の中、夜空にこだまするのだった。


 ————余談だが、その後に知人達へ連絡が回ることになる。
『高町なのはと、ユーノ・スクライア、3ヶ月後に結婚決定』、と。
 それを受けた面々は、各々大層に驚きながらも、誰もが即座に、祝福の連絡を二人に送ったと言う。

 <了>

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