第一級次元犯罪者のみが拘留される、衛星軌道拘置所。
 牢獄の格子には、AMFが幾重にも渡って施され、例えSSSランクの戦闘魔導士であっても、その中にあって魔力を結合することは理論上不可能…………そう言われる程の堅牢な檻である。
 広域次元犯罪者ジェイル・スカリエッティはその牢獄の中、まるで住み慣れた部屋でくつろぐかのように、グラスをもてあそんでいた。透明なグラスに陽炎う面立ちは、抑え切れぬ程の笑みに歪んでいる。きっと同様に拘置されている娘達――――中でも4番目の娘であるクワットロなどは、自分と同じ表情をしているだろうと確信しつつ、しばし愛でていた酒瓶を手に取る。
 ベルカを原産とする中でも、比較的上質とされる林檎の蒸留酒、それを8年熟成させたものを、姉妹にも合わせて5本。決して安い物ではないだろうに、何とも『家族想い』な娘だろうかと、聰明で情緒溢れる管理局准尉に感謝する。
 コーク・スクリューすら持たせまいと、栓を抜かれたままに差し入れられたそれを傾け、琥珀色の美酒を注ぎ入れると、目の高さまで掲げ上げた。

「――――まずは、我が愛しきドゥーエの命日に――――」

 祝詞のように歌い上げ、その口の端が一際吊り上がる。

「――――そしてその、新しき命に祝福の杯を――――」

 喉を過ぎる、甘露な風味を存分に楽しみ、またグラスを見つめ独りごちる。

「――――そう、遥かなる古の都、アルハザードにおいては当然の措置だよ――――」

 もう一度グラスを傾けると、半ば程まで満たされていたそれを、一息に流し込んだ。

「――――さあ、勇壮にして愚かな管理局諸君、今一度宴を楽しもうではないか!」


【魔法少女リリカルなのはStrikers Another After Story『〜a sacred pray〜』】

  序章 回帰−The retrogression−


 陽光すら預かり知らぬ地の底に、人知れず襟を開いた小さな一室。倒壊を案じて、要所要所にのみ施されたコーティングを除けば、岩肌も剥き出しとなっているその一室には、灯かりの一つも用意されていなかった。
 一寸先すら見えぬ暗がりは、3年と364日に渡って沈黙を続けていたのだが――――

《――――The secret proglam, drive ignition.》

 常に暗闇と溶け込んでいたモニターの中、薄緑色の文字が明滅する。

 ヴン…………。

《......Memory...green.
 Sympathy...green.
 Energy...green.
 Condition...green.
 IS...green......》

 キーを叩く者もいないままに、幾つもの項目をチェックした報告が端的に表記され、その全てが円滑に終了してゆく様が、誰一人いないその空間に示された。

《――――Proglam all green. Number 2 "Due" restart.》

 やがて、あたかも眠りから醒めるかのように、部屋の至るところで灯かりがともり始める。高度なテクノロジーを彷彿とさせる機器が浮かび上がる中、中央に鎮座した培養槽が、緑宝石の液体に人影をかき抱いた。そして、培養槽上部のモニターに輝く"Complete"の文字。

 ヴン……!

 殊更に大きな駆動音が響き、ランプが点灯して――――培養槽はゆっくりと、その中の液体吐き出し始めた。排水口が全てを飲み込み、ようやくケージが重い口を開く。
 いつしか緑宝石のヴェールを脱ぎ捨てていた人影は、裸身の女性であった。均整の取れた裸体はただ美しく、腰まで垂らした亜麻色の髪は、均整の取れた顔立ちを絹糸のように柔らかく包んでいる。
 ややあって、閉ざされていた瞼が一揺れし、金色の瞳がゆっくりとその映えを現した。
 大きく息を吸い込み、またゆっくりと吐き出してゆく。 まるでその空気を懐かしむかのように深呼吸をした彼女は、ふと胸元に下がる自身の亜麻色の髪に気づき――――どこか楽しそうな笑みをこぼして、愛しげに一撫でした。

 ――――パシュン。

 不意に、女性の前にモニターが開く。彼女は別段驚いた風もなく、ついとそちらに目を向けて、映し出された白衣の男――――ジェイル・スカリエッティを見た。

《――――おはようドゥーエ。我が愛しき娘よ。4年ぶりの目覚めはいかがかな?
 …………そうだな、まずはその右手にあるクローゼットより、服を取り出してもらえると助かる。
 君の事だ、頓着はしていないだろうが、いかな記録されたVTR越しとは言えども、年頃の娘が裸体を晒し続けるものでもあるまいよ》

 言いながら後ろを向いたスカリエッティを見て、黙って聞いていたドゥーエは、堪え切れなかったように吹き出し、台詞の通りに袖を通す。ややあって、見計らったように振り向いたスカリエッティは、再び口を開いた。

《さて、そろそろ良いかな? まずは謝りたいんだ。すまなかったね、再動がこれほどまでにも遅くなって》

 録画されたVTRの中、届くわけも無いと分かりっていながら、ドゥーエは楽しげに首を横振る。

《そのかわり、君の新しい体に違和感は無いはずだ。慣らすまでは時間がかかるだろうが…………そう急く事も無い。
 この先、君がどう動くかは分からないが――――自身の体調と相談して決めてくれたまえ》

 言われて初めて、ドゥーエは自らの手足を意識して動かしてみた。基本フレームに変更は無いのだろう、視界に映る四肢の長さは、見慣れたものだった。力を込めて、拳を握りしめてみる。感じる圧力も、手の腹に食い込む爪の痕も、記憶にあるものとほぼ変わりない。天井がそう高くないため跳躍は出来ないが、一つ足を踏み鳴らしてみると、その感覚もまた記憶と変わらないものであり、どこか安堵を覚えた。

《――――さて、以前に通達したように、君の新しい身体はかなり特殊なものだ。
 本来なら私かウーノが試走の手伝いをしてあげたい所なのだが、このVTRを観ていると言うことは、私は既に君の近くにはいまい。
 日和見な管理局のこと、殺されている事も無かろうが…………代わりに一つの贈り物を残しておいた。
 君のいた培養槽の隣に有るケージだ。受け取ってくれ。
 では、名残惜しいがこれまでとしよう。ドゥーエ、我が愛し子よ、健闘を祈っているよ――――》

 管理局に相対する時のような皮肉気な嘲笑ではなく、娘を想う慈愛に溢れた優しい笑顔で、ジェイル・スカリエッティはモニターの闇へと消えた。僅かな感慨を胸に、ドゥーエは身を翻し、件のケージへと足を向ける。
 それは、宝石箱程度の大きさだった。事実、蓋開いたそこに収まっていた物は、丁度握り締めた手の中に収まりそうな程の、深海色の宝玉である。何気なく手に取ると、宝玉はまるで息づいたかのように蒼く明滅を始めた。

《Standby ready, good morning Ms.Due, I see?(おはようございます、貴方がドゥーエですか?)》

 唐突に発せられた、耳に滑り込むような流麗な機械音声に、ドゥーエは慌てた風もなく、落ち着いて応じる。
「おはよう。ええ、わたしがドゥーエで間違いないわ。"2"を冠したドゥーエの2番目の身体。あなたはインテリジェント・デバイスね」
 楽しげにドゥーエが告げると、宝玉もまた明滅する。

《So great, you are completion of "2". Well, I'm intelligent device for only you.(あなたは『2』を極めた者なのですね。そう、私は貴女の為のみに造られたインテリジェント・デバイスです)》

 冗談じみた表現を織り混ぜる宝玉は、なかなかドゥーエのお気に召したようで、益々楽しげにドゥーエは宝玉をかざして見せた。
「面白い子ね、あなたは。2を極めると言うのも、あまりパッとしない話だけれど…………ね、あなたの名前を教えてくれるかしら?」

《Thank you. I don't have a name. please put your like.(恐縮です。私にはまだ、名前が有りません。どうぞドゥーエの望むままに)》

「そう? 少し迷うわね…………」
 しばしの熟考。やがて、ドゥーエふと閃いた案に口の端で笑う。


「――――そうね、あなたの名前は……………………」


 ――――To next stage......

 

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