【魔法少女リリカルなのはSS『晴天の昼下がり、微風有り――――』】
    ※時空管理局通信Vol.17投稿作品加筆修正版。

 正午を回った日差しは肌に刺さり、規程の制服に包まれた身体は、程よく汗ばんで健康を誇示する。いつしか玉になり初めていた額の汗を指で弾きながら、なのはは一つ、天を仰いだ。快晴の空は、言うまでもなく嫌いではないが、夏の暑さと相まれば苦笑の一つもしたくなるものだ。
 やがて、端が陽炎う視界の先に、探していた上司にして親友を見つけると、なのはは手を振りながら近づいて――――
「はやてちゃーん、ここにいたんだ…………って、寝てるの?」
 機動六課隊舎の中庭に佇んだベンチに腰掛け、最近読み始めたと言う小説を膝上で開いたままにして、八神はやては陽気の中、静かに寝息を立てていた。暑くはないのだろうか? そうも思ったが、ベンチの上には丁度上手い具合に広葉樹の枝が張り出して、ささやかな木陰を演出していたのだ。なるほど、まだ猛暑も深まっていないこの時節であれば、思った以上に快適なのかも知れないと、なのはは微笑んで、自分もはやての隣に腰掛ける。時間を確認すれば、昼のオフシフト終了までは、たっぷり1時間近くもある。フェイトや副隊長達も在舎している以上、部隊長と分隊長がオフくらいゆっくりしていても、まさかバチは当たるまいと、上着を脱いで背もたれに掛け、ゆったりと大きく伸びをする。
「――――んっ……ああ、これは寝ちゃうのも分かるなぁ…………」
 深緑のカーテンが作ってくれた小避暑地は、葉擦れの響きをバック・ミュージックにして、いとも容易く微睡みを呼び込んで来る。優しく擦り合う音が不意に大きくさざめく音になり、また静寂へと取って返し――――その気になれば、その音楽に溶け込むのはいかにも簡単な事に思えた。
 しかし、なのははその音の中で微睡みには身を委ねず、代わりに隣で束の間の休息に浸る親友の姿を、優しい眼差しで眺めていた。子供の頃から変わらない――――と言えば、本人は憤慨するかも知れないが――――あどけない寝顔を。
「本当に……はやてちゃんて、背、あまり高くないんだよね……」
 なのは自身も、フェイトやアリサ、すずかに比べれば低い方だったが、はやては中でも、群を抜いて小柄だった。それには言うまでもなく、成長ざかりの時期の大半を車椅子で過ごした事が起因するだろうが――――ともあれ、はやてはその小柄さから、小中学校時代は、割と頻繁にそれをネタにされていた覚えがある。もっとも、快活で人好きのするはやてであるからして、バカにされるような事は無く、自身もそれを楽しみ、むしろ率先してネタに使っていた気もするが――――

 つん。

 人差し指で、頬を軽く一突きしてみると、僅かに眉根を寄せてむずがる。
「…………ん……あかん、ヴィータ……それは団子やないんや…………」
 呟いた寝言は、見ているであろう夢の内容を示唆しているのか、いないのか。少なくてもヴィータがこの場にいれば、文句の一つも口にしただろうが。
「可愛いんだよね、はやてちゃんって」
 聞く人が聞けば、不名誉な誤解を受けそうな発言だが、どうせ誰もいない事は分かっていると、まるで頓着せずに独りごちるなのは。
「フェイトちゃんやアリサちゃん、すずかちゃんは美人さんって感じだけど、はやてちゃんは、ちっちゃくて、一生懸命で、いつも人一倍頑張ってて――――」
 滔々と続けて、不意になのはは言葉を句切り、つと視線を上げる。
「本当に、ありがとうね。機動六課を立ち上げてくれて」
 視線は外したそのままで、なのはは言葉を紡いだ。
「大きな夢に、わたしを加えてくれてありがとう。スバルやティアナ達と会わせてくれて、ありがとう。ヴィヴィオに会わせてくれて――ありがとう」
 なのはの胸に浮かぶのは、今も自室で自分らの帰りを待っているであろう、愛娘の笑顔。親友が立ち上げ、誘ってくれた夢の中に生きていたからこそ出会えた、きっとこれからの自分の生涯――――その全てを懸けて愛してゆくであろう、澄み渡ったオッド・アイの笑顔。
「あんまり一人で、抱え込み過ぎないでね。わたしが――――みんなが、いつでもはやてちゃんを助けるから」
 あの事件の後、局員の大半は、最上級ロスト・ロギア関連事件を極小の被害で解決したはやての手腕を讃えたが、それだけで終わるはずも無かった。
 更正の意志を見せているナンバーズメンバー、スカリエッティに踊らされていたルーテシア、アギト…………非常に微妙な位置づけにいる者達を、心ない暴論から守るために、事件後も休み無く働き続けてきた少女の姿を、なのははずっと見守って来ていたのだ。いつでも、どんな時でも、手を差し伸べられるように。
 自分と同い年で、上官でもある身に対しての行動ではないかも知れないが、気がつけば、我知らずなのはは、はやてを優しく撫でていた。
「ありがとう、お疲れ様。…………これからも、一緒に頑張ろうね…………」
 ふと、上目蓋に重みを感じたかと思えば、急速に身体から力が抜けてゆくのを感じた。今度はそれに抗わず、はやての髪を撫でていた手をゆっくりと降ろして、その誘いに身を任せる。

 ――――やがて、その場には二つの寝息だけが残されて。

 葉擦れの音に溶け消えながら、交互に重ねられていた吐息の――――片方が、唐突に途切れる。そして、大きく溜息を一つ吐き出して、八神はやては、ようやくその目蓋を開いていた。
「――――恥ずかしいて、なのはちゃん」
 言いながら、はやては先程までの親友の言葉を思い出し、殊更に頬を赤く染めてゆく。
「ほんま、狸寝入りも楽やないわ……言われる程、狸やないね、わたしは」
 自分でも、何を言っているんだか分からない混乱を、どこか自身で楽しみながら、はやては意味の分からない愚痴をこぼし続けた。
「あんなん言うてる所誰かに聞かれたら、また百合扱いされるよ、なのはちゃん。本当に無頓着と言うか何と言うか……まあ、あれや、つまりな……」
 何とも、情けない表情で苦笑を吐き出しながら、はやてもまた、空を仰ぐ。
「ありがと言いたいんは、わたしの方やよ。なのはちゃんだけやなくてな」
 なのはを起こさないように注意しながら、はやては大きく伸びをして、一つ肩を回す。
「わたしの肩は、書類仕事やら何やらで、割と凝りまくっとるけどな、この背中は、責任やら何やらで押し潰されそうになった事なんて、無いよ」
 空を仰いだそのままで、ちらりとなのはを流し見る。
「最高のスタッフがおる。最高の家族がおる。最高の――――親友がおる」
 浮かぶのは――――溢れて零れるのは、幸福な微笑み。
「岩だろうが山だろうが、押し潰されたりせんよ、わたしは。みんながいてくれるし、そのみんなのためにも頑張れるから。…………だから、な」
 再び、はやては目蓋を閉じ始める。昼下がりの憩いの時は、まだまだ先は長いのだから――――
「ありがとうな。それで、これからもよろしくな、なのはちゃん」

 雲が、流れてゆく。

 ――――了。

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