1年間と言う月日を長いと取るか、短いと取るか。それはその個人がどう感じるかにより様々であり、そしてどのような1年間を過ごしていたかにもよる。ただ漫然と怠惰に過ごせば、退屈な日々は長くまとわりつき、希望と信念によって突貫したならば、まるで一夏の花火の如く、閃光のように過ぎることだろう。
 時空管理局機動六課の新人であった面々が、この1年間をどのように感じていたかと言えば、やはり短く…………しかし、何にも替え難い、掛け替えのないものであったと、口を揃えて言うに違いなかった。

「――――与えられた時間は10分間……簡潔に説明するから、理解してね?」
 ティアナの言葉に、頷く3人の目に迷いは無い。そこに見えるのは、培ってきた互いへの信頼と、自信だけ。次いで告げられるティアナの考えた戦術は、文字通りに簡潔な説明でしかなかったが、そもそもがどんな戦術を立てようとしているのかも、ある程度の予測はつくのだ。そう、焦る必要など、どこにも無い。それでもやはり、驚くような内容もそこには有ったが、全てを踏まえて飲み込んで、経過した時間はたかだか5分。
 誰よりも――あるいは師よりも信頼する相棒の言葉を聞き終えて、続く号令はスバルと、もう一人の相棒の役目だ。
《Standby. Are you ready buddy?(準備完了、いきますよ相棒)》
「――行くよ、みんな!」
『おーーーっ!!』
 機動六課試験稼働より早1年、その最後総仕上げとなる模擬戦が、今ここに始まりを告げる。


 【魔法少女リリカルなのはSS『死闘宴儀』】


 機動六課の裏手にある広場、普段はミッドチルダに相応しい植物に囲われている中に在って、今日のこの日だけは、隊長陣の意向により特別な花を咲かせていた。白みがかった柔らかな色は、その名の通りの桜色。第97管理外世界『地球』のとある国が誇る国花である。
 春一番はとうに過ぎたが、それでも力強く前髪を撫でていく風に運ばれて、桜色の花弁が舞い散り、眼下に立つ面々をくすぐってゆく。肩口に舞い降りた一枚のそれをそっと摘んで、なのははくすりと微笑んだ。少し離れた遠くに見るのは、愛弟子達の気負いも無い元気な姿だ。かつて無い程に心血を注ぎ、そして全身全霊で応えて来てくれた、最愛の弟子達の。
「4人とも、元気一杯だね。本気でわたし達に勝とうと思ってるのがよくわかる。ティアナの戦術もよく練られてるし……3人とも、気を引き締めてやろうね」
 なのはの言葉に、ヴィータとシグナムは不敵な表情ながら、油断するべくもない気迫を滲みだしているが、ただ一人フェイトからは、事ここに至っても、普段の戦闘に挑むときのような気色は感じられなかった。
「…………そうは言っても、私達のリミッターが外れてる事を考えたら、やっぱり少しは加減してあげないとだよね? 最後なんだから、少しは花を持たせてあげたいし――――」
 そこまで言って、フェイトは他の3人が呆気に取られた風である事に気付く。
「――――え? え、わ、私なにか、変なこと言った?」
 本当に分かってないようなフェイトの言葉に、深々と溜息をついてシグナムが口を開いた。
「……テスタロッサ。やはりお前は何というか、母なのだな。我が子のような者達が相手では、力量を計る事も上手くいかないと見える」
「えっと……ごめんフェイトちゃん、さすがにそんな考え方をされると、少し足手まといかも……」
「あしっ――――!?」
「確かに連中、まだまだ個々の力はあたし達に及ばないけどな、連携した時の補正を考えたら、そんな気持ちでいるとあっさり墜とされるぞ? こりゃ今日の模擬戦で最初に脱落すんのはテスタロッサで決まりだな」
 親友の心底困ったような言葉に、流石にショックを受けるフェイトだったが、続けてヴィータが口にした言葉に負けん気を起こす。
「そ、そんな事ないよ! ――――わかった、みんながそこまで言うなら、きっとわたしが間違ってるんだね。大丈夫だよ、ちゃんと最初から全開で行くから!」
《Sonic drive.》
 拗ねたようなフェイトの言葉に応えて、金色の閃光が身を纏う。収まったそこにいたのは、真ソニックの薄衣に身を包んだフェイトだった。
「――――そうだ、それで良い。少なくとも、無様な戦いを観せてやるわけにはいかないからな、我々は」
「…………うん」
 半ば売り言葉に買い言葉のような体で真ソニックを発動させたフェイトだったが、シグナムが言いながらレヴァンティンを抜くところを目の当たりにして、気持ちを切り替えたように、改めて息を吐き、ライオットを抜く。手に馴染んだバルディッシュの柄を握ると、10年来の相棒もまた、金色に明滅してフェイトを叱咤する。
《Sir, your educations were so great, trust you.(あなた方の教導は確かなものでした。信じて下さい、彼らも、あなた方も)》
「そうだね……うん、ごめん。バルディッシュも、みんなも」
 神妙に頭を下げるフェイトに、なのはを初めとして、3人は一様に微笑み、期せずとも同時に愛弟子達の方を見る。その視線の先、決然とした面持ちの4人は、既に戦闘時の眼をしていた。
「――――時間はまだあと2分ほど残ってるけれど、もう準備は良いみたいだね。作戦も、心構えも」
「大丈夫です」
 なのはの言葉に対するのは、代表してティアナ。毅然と頷いたその後には、無礼を承知に敢えて片銃を向け、挑戦的な言葉を口にする。
「善戦とかではなくて……勝たせてもらいます、なのはさん。予め言っておきますけど、もし手加減とかしたら、絶対に許しませんからね?」
「…………だって、フェイトちゃん?」
「あう……」
 からかうような言葉に、フェイトは思わず恥ずかしげに顔を伏せるが、4人もまた、フェイトがそのような思考に至ることは承知の上だったのだろう。好意的に苦笑すると、口々に言ったのはやはりエリオとキャロだった。
「フェイトさん、僕たち勝ちますからね!」
「そうです、フェイトさんが泣いて悔しがるくらい、圧勝してあげますから!」
 まさに子供然とした2人の言葉を受けて、フェイトもまた不敵に笑う。
「む、言うようになったね2人とも。それじゃあ私も、みんなが言った事を後悔するくらい、思いっきりやるからね?」
『望む所です!』
 4人の声が唱和して、対する4人の師の微笑みもまたシンクロする。
「――――さ、そんならそろそろ、始めよか?」
 穏やかな面持ちで師弟達の会話を見届けていた部隊長は、そうして準備が整った所を確認すると、ギンガを伴って一同の元に歩み寄り――――和やかだった面々は、それを見て取ると静かに臨戦態勢に移行してゆく。
 
 エクシード・モードのなのはが、レイジング・ハートを携えて、愛弟子を見据える。
 ヴィータは既に巨大化させた鉄の伯爵を袈裟に懸け、悠然と構える。
 シグナムの両手に握られたレヴァンティンは、主と共に静かにその闘志を燃やし――――
 フェイトはライオットを結合させ、長大な斬馬刀を握りその本気を示した。
 ティアナは双銃と共に、師への想いを魔力にたぎらせ――――
 エリオは槍に、母であり姉である恩人への想いを込める。
 キャロの両手に光るケリュケイオンが、小さなマスターの意志を灯らせれば――――
 スバルは母の遺したリボルバー・ナックルをもて、感謝と挑戦の眼差しを師へと向けた。


 ――――そして、最後の死闘が始まる。


「それでは…………」
「レディ――――」
『ゴーーーーっ!』


 フォー・マン・セルで行われる模擬戦では、その4人の役割分担は、そう複雑なものにならない。指揮官となるセンターガードが1人、突破力、防御力の高いフロント・アタッカーが1人、機動力のあるウイングが1人、そして残る1人が、完全支援方のフルバックになるか、攻撃的なポジションに就くかと言う所である。この場合は、フォワードチームが前者であり、隊長陣が後者であり、それによる有利不利は基本的に生じない。まずは各自散開しつつ、同ポジションの1on1を展開し、後方支援の準備完了を待って連携戦へと移行する、それがステレオタイプの戦略となる。それは、こうして詳細に説明するまでもない自明であり――――ティアナが採ったのは、そこを突く作戦であった。

「蒼穹を奔る白き閃光、我が翼となり、天を翔けよ…………来よ、我が竜フリードリヒ――――竜魂召喚!!」

 開戦の初動は、大きく飛び退りながらのキャロの詠唱によって始まった。対して隊長陣もやはり、なのはが大きく後退ししつつ数個のディヴァイン・スフィアを生成し、残った6人は各々の相手を見据え、一直線に1on1へと突入してゆく。
 ヴィータの前にはスバルが就き、フェイトの高速機動にエリオがついて行く。そして、シグナムの突貫をやや後方にてティアナが迎え撃ち――――キャロの召喚に応じて戦闘区域に白銀が舞い降りた!
「フリード、ブラスト・レイ!」

 るぉぉぉおおぉぉぉんっっっ!!

 高き咆哮は開戦の祝砲か、キャロの願いと魔力を受けて、白銀の竜フリードリヒの豪火が後方へと下がったなのはを襲う。
「――――速いね、詠唱から召喚後の初撃までが」
 嬉しそうに言いつつも、なのはは落ち着いてディヴァイン・スフィアを繰る。迫り来る強大な炎を10個のスフィアが横合いから急襲し、完全に相殺、霧散させるが、これでなのはもスフィアのストックを失い、再び次弾のセットアップに入る。ヴィータとスバル、フェイトとエリオ、シグナムとティアナが打ち合ったのは、この瞬間だった。

 ――――そして、フェイトとシグナムが想定外の動きに動揺するのも、また同時。

『――――――――っ!?』
 ティアナとエリオが初撃に選んだのは――――受け流し! バルディッシュとストラーダ、レヴァンティンとクロス・ミラージュは噛み合わず、初太刀をいなされた2人は思わず前につんのめる。その受け流し方は、そのままカウンターに移行できるものではなかった。それならば、流石にこうも無様を晒すことはない。完全に、回避に専念したそれだったからこそ、優秀な2人のアタッカーをもってすら、いなされてしまったのである。いきおい、数歩の踏鞴を踏みつつも怪訝に振り返り――――動揺は戦慄へと変わった。
「ヴィータ! ティアナとエリオが来るぞ!」
 叫びながらも、シグナムは駆け出し、フェイトもまた即座に跳ぶ――――が、やはりそのタイム・ラグは、致命的なものだった。
「あ?」
 こちらもまた、初動からラウンド・シールドを選択されて、訝しみながらもそれを打ち貫かんと力を込めていたヴィータは、将の言葉に横目で反応し、仰天した。
「――――な、ちょ、うおおっ!?」
 戦闘開始直後のこの瞬間に、自分に向けられるクロス・ミラージュの銃口と、フォルム・ツヴァイのストラーダの穂先、そして、自分と鍔迫り合うスバルである。
「りゃあぁぁああぁぁぁぁぁぁっっっ!!」
「く――――!」
 裂帛の気合いと共に、ヴィータに届いたのはストラーダの穂先だったが、ヴィータも咄嗟にパンツァー・シルトを展開し、スバルと競り合うそのままに、エリオの突進を受け止めるが――――拮抗はまさに一瞬だった。間髪入れずに着弾したティアナの魔力弾が、パンツァー・シルトを刹那で瓦解させたのである。ヴァリアブル・バレットによるものであることは理解出来たが、さりとて既に、ヴィータに出来ることは少なかった。無理矢理身体をねじり、ストラーダを紙一重で避けることには成功したものの――――
「――――一撃必倒!!」
(最初のラウンド・シールドは、これのチャージのためかよちくしょうっ!!)
 目の前に膨らむ怒濤の魔力に、さしものヴィータも思わず眼を瞑りかけ、グラーフ・アイゼンを固く握りしめる。
「ディヴァイン…バスターーーーーーっっ!!」

 ごあっ……づどごぉぉぉおおおぉぉぉむっっ!!!

「が――――――――っ!?」
 ヴィータの悲鳴は、魔力の奔流に飲み込まれ、土煙へと消えていった。
「やってくれたな……だが!!」
「うん、後ろがガラ空き――――えっ!?」
 ようやく追いついたシグナムとフェイトが、ヴィータに集中していた3人を後ろから急襲するが、突如その身を魔法陣が包んだ事でまともに動揺を見せる。次いで聞こえてきたのは、小さなフルバックの良く通る声だった。
「――――を、我がもとへ!」
 2人の剣閃が届く瞬間に、発動したのはキャロの召喚魔法だった。寸での所で2人の切っ先は空を斬り、キャロの下へと3人が転送される。しかし、ティアナ達の動きはまだ止まらなかった。
(なのはさんなら、ここまで看破してくる!)
 4人で合わせて発動させるのは、各々のシールド魔法。きっと来るであろう、なのはの追撃を見越して――――

「ディヴァイン――――」

「――――っ!? みんな、シールド全力! 急いでっ!!」
 予想していたのは、高速で発動出きるアクセル・シューターかエクセリオン・バスターだったが、チャージされているのはディヴァイン・バスター!
(あの瞬間で、どうしてそこまで読み切られるのよっっ!?)
 あとは、運を天に任せるだけである、なのはの全力のディヴァイン・バスターに、自分達のシールドが抗し切れるかどうか。4人の総崩れは、ヴィータを撃破した代償としては大き過ぎるにも程が有ろうと言うものだ。
「――――バスターーーーーーッ!!」

 ぎぃゅおぁあぁぁあぁぉぉぉぉっっっっん!!!

 膨れ上がったのは、桜色の壁そのものだった。ティアナは最後の足掻きとばかりに、スバルのシールドと自分のシールドを上手く結合させて、『錐』のようなシールドを生み出す。受け流すような形のシールドを以て、着弾した時の衝撃たるや、かつて味わったどんな危機をも凌駕するほどであった。
『…………ぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!』
 4人が魔力を振り絞って上げた裂帛の気合い、そしてティアナの足掻きは、僅かな差で、師の蹂躙を退ける事に成功していた。各々が魔力のオーバー・ロードに荒い息をつきながら、被害も軽傷に闘志は衰えず、揃って隊長陣の方を見据える。
「――転送召喚の魔法は、精度と速度を両立させるのって難しいんだけど……キャロ、よく制御して組み上げたね。だけどそのために、フリードへの指示まで疎かにしてしまった。ブラスト・レイ後の追撃まで指示してから出来ていたら、100点満点だったよ」
 仕切り直し、そう言わんばかりに話すなのはに、思わず苦笑しつつも4人は再びフォーメーションに着く。
「限界でしたよ、今のキャロの。3人分の強制召喚を、フリードの竜魂召喚とほとんど同時に構築してたんですから、大したものです。あの瞬間に読みきってディヴァイン・バスターのチャージに移れる人なんて、なのはさん以外にいてたまりますか。
 だけど、一応奇襲は成功させてもらいました。これで――――」

 ガラッ……!

「――――これで、なんだよ?」
「…………少しは、ダメージになったはずです」
 予想通り……ではあったが、騎士甲冑をボロボロにしつつも、まだまだ元気そうな姿を見せてくれたヴィータに、いささかげっそりとしてティアナは頭を抱えた。
「……耐えますか? 耐えちゃうんですか、アレ? 参ったなぁ……手応え有ったんですけど」
 もはや苦笑を隠さずに言うスバルに、しかしヴィータは朗らかに言い放つ。
「安心しろ、効いたよ。割と死ぬかと思ったぐらいだ。でもな、あたしぐらい体重が軽い奴になると、無理して踏ん張らずに吹き飛ばされちまえば、直撃でも威力は散らせるんだよ。一撃必倒を狙うなら、どっかに追い詰めないと難しいぞ。
 もっとも、アイゼンにだいぶ助けられたけどな」
 言われてみれば、確かにグラーフ・アイゼンは、柄にも鎚にも微細なヒビを数多く作っていた。そも、ヴィータの騎士甲冑のボロボロ具合は、ゆりかごに突入した時以来、ついぞ見たことの無いほどである。
「通じてる、僕たちの攻撃が……」
 エリオが思わず一人ごち、その言葉が他の3人にも、改めてその事実を実感させた。
「――――ああ、全く大したものだよ、お前達は。さあ、時間も惜しい。そろそろ再開と行かないか?」
 シグナムの言葉に頷き、改めて構える4人。その姿に、なのはもフェイトも、そしてヴィータもまた不敵に笑う。
「最高に楽しいよな。あたし達がケツを引っ叩いてた奴らが、あたし達と互角に戦おうってんだ。一発や二発でおねんねなんて、そんなしけたこと言ってらんねーよ。なあ、アイゼン?」
《Ja.》
 リカバリィを施し、ヒビを取り払った鉄の伯爵を持ち直し――――

 誰の号令も無しに、戦闘は再開する。
 今度こそ、各々が定めた相手に向かう3人の目に、受け流しなどの気配は無い。不退転の意気込みで飛び込んだその先は、しかしまた、隊長陣を幾ばくか驚かせる事となる。
 ティアナがシグナムの前に立ち塞がる所までは同じだった。しかし、高速でエリオが飛び込む先にはヴィータが、そしてスバルがウイングロードを複合展開させたのは、フェイトの周りだったのだ。
「……なるほど。以前に出した、答えの通りだね?」
「はい! 『自分より強い相手に勝つためには、自分のほうが相手より強くないといけない』ですから!」
 スフィアを展開しながら、嬉しそうに呟くなのはに、シグナムに打ちかかりながら応えるティアナ。
「僕のスピードじゃ、まだまだフェイトさんには届きません! でも、ヴィータ副隊長よりは、速い!」
「わたしがヴィータ副隊長と打ち合えば、いずれは押し切られるかも知れないけれど、フェイト隊長にクリーンヒットさせられれば、一撃で墜とす事だって出来ます!」
 意気込み、攻め込む2人に対して、実に楽しそうに、そして不敵に応える隊長陣。
「言うじゃねーか……面白ぇ! 速さでも、そうそう上には行かせてやらねーよ!」
「確かに当たれば、墜ちるかも。でもね、当たらないための真ソニックなんだよ?」
 エリオの穂先は、ヴィータのシールドやアイゼンと打ち合う事を良しとせず、教科書通りの俊敏なヒット&アウェイを繰り続け、対するヴィータはカートリッジをロードして、アイゼンのロケット・ブースターに火を点す。
 スバルはフェイトの空間を狭くせんと、ウイングロードを自らの足場としてだけでなく、戦闘空域における遮蔽物となるように展開しつつ、縦横無尽に駆け回り――――それにフェイトは、ライオットを再びスティンガーに戻し、攻守のバランスを強化しつつギアを上げ始めた。

「なるほど…………では、お前は何をもって、私に勝るつもりだ?」
 静かに問いかけながらも、シグナムのレヴァンティンはティアナの双剣を弾きつつ、息もつかせぬ猛反撃に転じる。ティアナはそれを紙一重で避けつつ、上段からの一撃を交差した双剣で弾き、その反動を利用して飛び退る。
「――――負けない気持ちとか、そんなんじゃ駄目ですかね!?」
 嘯きながら生み出したのは、十数個のクロス・ファイア! それを間髪入れずに解き放つと、各々が違った軌道を描きながらシグナムに襲い掛かる――――が、
「駄目だな。悪いが負けん気に関しても、そうそう遅れをとるつもりは……ない!」
 決して遅くはないクロス・ファイアの連撃を、しかしシグナムは臆す事なくシュベルトフォルムのままで打ち払う! ついに1つも直撃することなく、猛攻を凌ぎきったシグナムだが、ティアナの周囲に再びスフィアがセットされているのを見て、感嘆の声を漏らす。
「ほう……この一瞬で再びスフィアを再構築するとは、やるな」
「負ける訳には、いかないもので!」
 今回、シグナムに襲い掛かるスフィアは全体の半分。それを見て、シグナムはあっさりとティアナの狙いを看過する。果たしてシグナムの予想通り、誘導弾を繰るその最中で、ティアナは一条の砲撃を生み出した。
「――――シュート!」
 ティアナの声を合図とするように、シグナムは大きく横へ跳び、駄賃とばかりにスフィアを潰しつつ、転がるようにして砲撃をやり過ごす。間髪入れずに立ち上がり、迫り来るシグナムに向けて、ティアナは通常弾をばら撒きつつ後退する。
(近接と遠隔の使い分けが上手い。やはり、大したものだな!)
 次いで、シグナムは足を止め、高くレヴァンティンを掲げる。それを見て、ティアナの表情に緊張が走り――――
「シュランゲ!」
《Javowl!!》
 号令に応じて分離、連結し、あたかも大蛇か龍のように襲い掛かるレヴァンティンを、ティアナは慌てず2発の銃弾で迎え撃つ! 軽い音を立てて着弾した銃弾は、しかし大きな効果を生み出した。連結刃のベクトルが、突如として明後日の方向へと向いたのだ。
「なにっ!?」
「一生懸命、学習しましたから!」
 確かに有る。連結刃の推進の要となる部位は。しかし、実際に自分へと迫るそれから、その位置を見抜くのはどれほど難しいことか。それを知るシグナムだからこそ、動揺により次手が僅かに遅れる事となった。
「…………?」
 そして、ティアナの周囲に浮かぶスフィアを見て、シグナムの脳裏に違和感が浮かぶ。
「クロス・ファイア!」
 三度迫るクロス・ファイア。確かにそれは精度を上げ、個数も多く脅威ではあるのだが、
(ティアナの行動にしては、消極的過ぎはしないか? 今のロスなら、砲撃のチャージくらい始めてもおかしくない奴だが……)
 自問するも、答えは出ない。団体戦でのリーダーを務める以上、下手な事は出来ないのも道理。この違和感は正しいのかどうか、もどかしさを抱えつつ、シグナムは先程と同様に、クロス・ファイアを打ち払いにかかるのだった。


 金属と金属が擦り合う音、そして魔力と魔力が弾け合う音が、最も多く聞こえてくるのはスバルとフェイトの戦闘域からだった。
「っ……ぁ! このおおおおっっ!!」
 苦悶の声を漏らすのは、スバルの方だった。もはや身体の至る所から感じられる鈍痛に耐えながら、それでも鋭さの衰えぬ蹴打を繰り出すも、フェイトはそれを捌きつつ飛び上がり、頭上のウイングロードを蹴って加速するままにライオットを振るい――――ライオットをリボルバーナックルで受け止めたスバルの腹には、フェイトの硬いブーツの爪先がめり込んでいた。
「――――っ!? ぐ、ああああっ!!」
 遅れてやってきた激痛と呼吸難に、思わず胃液が逆流しそうになるスバルだったが、奥歯が砕けん程に噛み締めて、半ば無理矢理に反撃の拳を振るう。
「く――――!」
 その拳はフェイトを掠めることもなく、一見すれば危なげなく避け切られたようにも見えたが、実際の所フェイトの肌に滲むのは、春の陽気と戦闘の高揚にまるでそぐわぬ冷たいものだった。ここでも、背筋を走る悪寒に押されて、常より大きく跳び退る事を余儀なくされてしまっていた。
「……なのはとやった全力全開の勝負を思い出すよ。当てても当てても立ち上がってきて、こっちは一度でも直撃したら叩き落されそうなイメージばかり湧く。冷たい汗ばかりで、風邪をひいちゃいそう」
「っ、フェイト隊長こそ、反則です……。近接での格闘技術も強いなんて、誰に習った型なんですか?」
「型なんて、有ってないようなものだよ。優しい世話焼きのネコに、色々教えてもらっただけで、ね!」
 言い捨てながら、再び攻勢に出るその姿は、確かに野生の猫を彷彿とさせる俊敏なものだった。制空権はフェイトに有る、ならばそのアドバンテージさえ失くしてしまえば……そんなスバルの思惑は、戦闘が始まってすぐにあえなく潰えていた。陸戦魔導師のお株を奪う、見事としか言いようのないフィールド・ワークに、ともすれば折れそうな心を叱咤しながら、スバルは金色の雷光を迎え撃つが…………
「――ハーケン!」
《Yes, sir.》
「な――――!?」
 聞こえて来たその言葉に、スバルは完全に意表を突かれる事となった。真ソニックを発動させると言うことは、すなわち魔力をオーバー・ドライブさせることである。故に、バルディッシュの持つ型の中でも最大出力で勝るライオットは、ザンバーとスティンガーの差こそ有れど、崩すことは無いと思い込んでいたのだ。

 バシュゥゥゥッッ!!

「は――――ぐっ……!!」
 初めて、魔力刃がスバルにクリーン・ヒットする。ここまでスバルは、フェイトの蹴りや拳を受けることは有っても、どうにかライオットの直撃だけは避けていたのだが、ハーケンの軌道は双剣とはまるで違うものであり、目が慣れていない状態の接近戦では、到底回避出来るものではなかったのだ。

 ――――しかし。

「うそ……!?」
 真に驚愕していたのは、フェイトの方だった。ハーケンの刃に肩口を切り裂かれたそのままで、そのハーケンを握る自分の右手を掴んでいる、スバルの姿を見て。そして、瞬間飛びかけていたスバルの意志が、焦点を定めた瞳に宿る! その瞳は、フェイトの髪を映しているかのように金色に輝き、それはフェイトにかつて無い戦慄を覚えさせていた。
「――――振動拳!!」

 ぃぎいいぃぃぃぃぃっっん!!

 咄嗟に発動したプロテクションは、スバルの拳と拮抗し――――
「ぅぅぉぉぉおおおおおおぉぉぉぉっっっっ!!」

 ぱぁぁぁんっっ!!

「く、ぁ、うわあああぁぁぁっっ!?」
 ガラス細工か何かのように、粉々に破壊されると、そのままの勢いでスバルの拳はフェイトの肩を浅く抉り、たかだかそれだけの被弾にも関わらず、フェイトの身体は冗談のように吹き飛ばされる! 地上に叩きつけられて幾ばくか転がり、ようやく止まった時には、フェイトの身体は至る所から鈍痛を訴え始めていた。
「…………ぅ……ほとんど掠っただけなのに、なんて威力…………」
 いかに真ソニック、装甲が薄いとは言っても、バリア・ジャケットである事に変わりはない。被弾から地面に叩きつけられる時のダメージまで、完全にフェイトの予測を上回っていた。ジャケットそのものも、左の肩口は無残に破損しているのが見える。
 もっとも、肩を押さえながら立ち上がったフェイトの目に写るスバルの姿も、中々にきつそうな状況ではあった。直撃の瞬間、一歩前に出ることによって、ダメージを少なく抑えたとは言えど、バルディッシュの一撃を受けたのだ。スバルもまた、その場に倒れ伏し、表情には確かな苦悶が滲み出ていた。それを見て、フェイトは再びバルディッシュをライオット・スティンガーへと移行する。奇をてらい、事実クリーンヒットを奪ったが、自分も浅からぬダメージを受けてしまった。既にフェイトは手心を加えようなど思いもしていないつもりだったが、まだまだ自分は見誤っていたらしいと、そう考え至ったフェイトの目には、もはや一切の甘えも容赦も無くなっていた。
「――――立って、スバル。それで終わりじゃないでしょう?」
「じ、冗談っ……! ようやく一つ当てたんです、まだまだこれからですよっ!」
 言いながら、震える身体で立ち上がるスバルに微笑んで、フェイトはまた、跳んだ!


 手に汗を握りながら、思わず前のめりに飛び出しかけたギンガを横目で見て、はやては一つ、くすりと笑った。それに気づき、実際何歩か足を踏み出していた自分に気づき、少々頬を赤らめて下がるギンガである。
「やっぱ、ギンガもあそこで一緒にやれば良かったんやないか?」
「…………確かに、やりたかったとは思いますが……私はあの子達に比べれば、皆さんにお世話になっていた時期も短いですから。
 それに――――」
「それに?」
 リインの問いかけに、少しだけ悲しげに微笑み、
「きっと、あの中にいたら、私は足手まといになってしまいます。まだ本調子じゃないのもありますし、スバルとの連携ならともかく、集団戦としての連携で、物言わず皆の意志を理解出来るほどには、関係を築けていないですから」
 実際の魔導師ランク、それに留まらない戦闘力として考えれば、完調時のギンガはスバルに勝るとも劣らない。先程から、フェイトと戦っているスバルをずっと観ていたが、その一挙手一投足を考えても、自分が同じ位置にいたとして、恐らくはスバルと同じく、ある程度やり合えていると言うことは予想出来る。
 しかし、全体を見渡している3人だからこそ、フォワード陣の狙いに少しずつ気づき始めていた。それはきっと隊長陣の考えの外で、センター・ガードのなのはですら、まだ正答に至ってはいないだろう。だが、その狙いは言わば一か八かの賭けであり、個々の負担はかなり大きなものとなっているに違いなく、また仲間に全幅の信頼を置いてなければ取れないものだろうとも思う。それが、ギンガにフォワード陣を羨ませた理由である。
「部隊長! どうっすか、あいつら良い勝負出来てますか?」
 と、後ろから聞こえてきた声に視線だけ振り向けば、駆け寄って来たのはヴァイスだった。
「頑張っとるよ、あの子ぉらも。……って、ヴァイス君、二次会の方の準備はええんか?」
「いやぁ……やっぱり最後だし、見届けてやりたいとも思いましたんで、陣頭指揮、アルトに全部投げて来ました」
「うわぁ……また怒るですよ、アルト」
 苦笑するリインに、悪びれもせず手を振り
「しこたま叫ばれつつ、逃げ出してきましたよ。まあ、これも一種の信頼関係っす」
「あはは。依存にならんように、注意しときぃな」
 はやての笑いに、笑顔で返しつつ、改めて戦況を見渡すヴァイス。
「……お、おおおお! すげー、ヴィータ姐さんボロボロじゃないっすか! うお、スバルも苦しそうだけど、フェイトさんに食らわせた形跡あり! 大したもんだなぁ、本当に――――あれ?」
 子供のようにはしゃぎながら、それぞれの動きを観ていたヴァイスが、ふと怪訝の声を出す。
「どうしましたか、ヴァイス陸曹?」
「いや、なんつーか……ちょっとティアナの動きに違和感を感じるんすよね。消極的ってか、あいつだけは少し動き悪くないっすか?」
 ヴァイスの言葉に、笑みを深めたのははやてだった。
「さすが、良く見とるね。多分、そろそろ面白いもんが観られると思うよ。まあ、どこで仕掛けるかは難しい所やろけどね」


 ストラーダの穂先がヴィータの脇を掠めて過ぎる。その後方から聞こえてくるのは、鉄の伯爵が吐き出すジェットの排気音。振り向かずに、エリオが迷わず方向を転換すると、急制動のGを感じながら身を翻す一瞬前までいた空間を、竜巻のようなヴィータが通り過ぎて行く。
「ち……ちょろちょろすんな、当たっちまえよ!」
「当たれません! まだ墜ちたくありませんから!」
 軽口に軽口で返しつつ、エリオは着地した反動で再び跳ぶ! と、慌ててそのベクトルを上昇に回すと、いつの間に打ち出したのか、3個の鉄球が危うくエリオの進行方向を埋め尽くすように飛来していた所だった。
「へ、良く避けたじゃねーか!」
 ヴィータの言葉に、今度は軽口すら返せない。ヴィータの高速攻撃は、常に回転を伴うことになる。その動きに制動をかけたそのままの体勢で、どうして正確無比な射撃を打ち出せるのか、正直エリオにはまだまだ理解出来ない範疇だった。
 そも、開戦当初にどうしてヴィータを狙ったのか。もちろん、例えばなのはを狙えば距離が遠すぎるし、フェイトでは3人の連撃すら、あるいは高速移動で回避されてしまう危険が有る、などの理由は有るにせよ、ヴィータにダメージを与えておく事が、必須事項だからでもあったのだ。シグナムは、ティアナが近接と遠隔を使い分けることで、ある程度は封殺できると読んでいたが、どう考えても完調のヴィータをエリオ1人で抑え込めるイメージが沸かなかったのである。
 事実、判断力や攻撃力こそいつも通りだが、ヴィータの動きは普段に比べ、わずかにぎこちなく精彩を欠いているように見える。最初のダメージは、確実に効果をもたらしているのである。
(…………それでもこれって、反則過ぎるけど!!)
 胸中一人ごちながら、また飛び掛かってくるヴィータを回避しつつ、駄賃とばかりにストラーダを振るが、それはあっさりと弾き返される。彼我距離が少々開いたその隙に、エリオは他の戦況を見渡してみると、折りしもその時は、フェイトがスバルと相打ちに近い打ち合いを終えた所だった。
「余所見してんじゃねーぞ!!」
「――――うわ!?」
 前門の虎、後門の狼。前から突進してくるヴィータと共に、視界の端に見えたのは先程回避した鉄球だった。回避は不能、そう判断したエリオは、一か八かとヴィータに突っ込む!
「甘ぇ!」

 ガギィィィィン!!

「ぐぁっ!」
 叩き落すような一撃に、ガード越しでもダメージを覚え、地表に向かって吹き飛ばされるエリオだったが、賭けには勝っていた。
「ストラーダ、フォルムドライ!」
《Form Drei. Unwetterform.》
 フォルムドライにストラーダをチェンジしつつ、加速させた落下速度に腹をくくり、エリオはストラーダを強く握り締める。

 ズゴォォォォォォンッッ!!

「うおっ!?」
 予期せぬほどの轟音に、エリオを打ち据えたヴィータまでも思わず怯んだように声を出す。エリオが着地……いや、着弾した点は、隕石でも落ちたかのようなクレーターを穿たれ、土砂を盛大に巻き上げていた。そして、手の痺れに耐えつつ、その土砂の中心でエリオはストラーダを高く掲げる!
(キャロ、スバルさん、ティアさん…………行きますよ!)
「サンダー…………レイジ!!」
 降りかかる土砂の、ひときわ大き目の岩を衝き、それを基点として荒ぶる雷がヴィータを飲み込まんと猛威を振るう。
「やべっ……!」
 電撃に飲み込まれれば、ダメージも去ることながら、身体に深刻なスタンを受ける事になる。ただでさえダメージを自覚している今、さらにスタンまで加われば、ヴィータと言えども流石にまずい。躊躇わず、ヴィータは回避を優先した。視界から一時エリオが消えることになるが、それも止む無しとばかりに、まっしぐらへ上空、サンダーレイジの効果範囲外まで飛び上がる。
 やがて、問題なしと振り向いたヴィータの視界に、土煙を割って迫るのはおよそ考えられないほどの速度で突っ込んでくるエリオの姿!
(受けたらやばい!)
 その速度を冷静に分析し、自分のシールドを貫くに足ると判断したヴィータは、連続で回避を選択した。グラーフ・アイゼンのジェット噴射を頼りに、紙一重で避けてはいられぬと、大きく回避運動を取る。果たして、ストラーダの穂先は掠ることもなく、ヴィータの後方へ通り過ぎて行った――――が、
「また来やがるか!」
 大きく軌道を修正しつつ、再び同じような速度で飛び掛かるエリオに、三度ヴィータは回避を余儀なくされるのだった。


「――――っあぅ!!」
 一方、均衡が崩れたのがティアナとシグナムの戦域だった。
「どうした、動きが悪くなってきているぞ!?」
 荒い息をつくティアナに対し、シグナムは容赦せず、猛攻を始めた。上段、袈裟、胴、一振りの剣で繰り出しているとは思えない怒涛の連撃を、どうにか双剣で捌いていたティアナだったが、それに脚までが加わったとき、もはやそれは手に負えるものではなくなっていた。

 ずんっ!

「はうっ!」
 鳩尾に叩き込まれた膝蹴りに、ティアナの身体はくの字に曲がり、次いだレヴァンティンの横薙ぎの一撃で、ガードをしつつも大きく吹き飛ばされ、力なく地面に倒れ伏す。
「終わりか? まあ、良くやった方ではあるが――――」
「――――終わりだなんて、まさか」
「?」
 上体を起こし、通常弾による牽制もせぬまま、ティアナが口を開く。その様子に、シグナムは思わず手を止め、ティアナの次の言葉を待ってしまった。いかに模擬戦とは言え、それが決定的な悪手となる事には気づかずに。それも仕方のない事ではある。他者の戦闘域は、一息で行くには流石に遠く、なのはとキャロ・フリードが相殺し合っている以上、この空間においては自分とティアナの一騎打ちであると認識していたのだから。
「この15秒だけは、どうやっても私が耐えないといけない所だったんです。条件は、その後が戦闘不能にならない程度のダメージで済ませること。
 ――――そして、時間を稼ぐこと」

 

 スバルは耳に轟音が届いた時、即座に理解していた。策中の策、隊長陣を凌駕出来る可能性のある、唯一の作戦の開始を。
 フェイトと変わらず打ち合いながら、ずっと待機させていた術式を起動し始める。フェイトと打ち合えるだけの意識領域を残すため、ゆっくりと展開するそれが、完全に起動するまで、約15秒。
 ライオットの一撃を受け止めながら、スバルはただ、その瞬間を待った。

 

 ヴィータは、怪訝に感じていた。エリオの連続強襲、避け始めてもう十を数えた。だが、そこまで続くものだろうか? サンダーレイジからの、最高速での連撃。エリオの容量で、そんな事が可能だっただろうか? もう一つ、これほどの状況にあって、エリオは黙々と強襲を続けているのである。裂帛の気合の一つも上げず。
(まさか…………)
 途端、閃く一つの可能性。それを確認すべく、ヴィータはシールドを展開してエリオを受け止め――――

 ぱぁん。

「――――――――!?」
 ヴィータの考えは、完全に肯定された。シールドに触れた瞬間、軽い音だけを残して掻き消えた、エリオの姿によって。

 

 思い出す、どうして唐突に均衡が崩れたのか。それは、ティアナの攻守が、突如近接に偏ったからである。クロス・ファイアどころか、通常弾による牽制すら無くなれば、シグナムの猛攻に抗いきれる道理もない。ならば何故、近接に偏らせる必要が有ったのか。
 それは、恐らく簡単な答えである。そう、『何かに魔力容量を割いていたため、出来なかった』のだ。
「まさか――――」
「当たりです、きっと!」
《Limit release.》
 答えると共に、クロス・ミラージュが瞬き、ティアナが跳ね起きる! そのまま通常弾を2発撃ちながら、シグナムの下へと駆け出すティアナ。対してシグナムは、冷静に魔力弾を打ち払うが――――
(速い!? 先程までと違い過ぎる!)
「ぁぁぁああああぁぁぁっっ!!」
 ティアナの攻撃は、間違いなく速くなっていた。双剣の連撃が、徐々に、シグナムを圧倒してゆく。スローボールを投げ続けていた投手が、唐突に速球を投げた時のように、絶対的な速度としてはシグナムを押し切れるほどではないはずのスピードも、目と身体が慣れていない状況下では、次第にシグナムの防御を上回り――――

 ドゥッ!!

「ぐは!」
 一瞬の間隙を狙って至近から放たれた魔力弾が、初めてシグナムを打ち据え、弾き飛ばした! 即座に生成するクロス・ファイア。それはかつて師から受けた指導そのままに、全てをもって一条の砲撃と成す!
「クロス・ファイア――――シュート!!」

 づどごぉぉぉぉぉんっ!!

 直撃の寸前、シグナムがパンツァー・シルトを展開するのが見えたが、構わず撃ち込んだ砲撃によって、シグナムはシールドもろとも、大きく吹き飛んで行った。それを見届けて、ティアナは自分の策の行く末を見届けるため、視線を遠くに移した。
 ――すなわち、至近からなのはに強襲する、エリオの姿へと。

 

 そして、時間は15秒前に遡る。
 なのはは、開戦からずっと、嬉しくも不思議に感じていた。キャロの射撃が、フリードの助けと相まって執拗なまでに自分を抑え込んでいることに。フル・バックとしてのキャロの本領は、やはりサポートである。ここ半年間の訓練によって、それなりの射撃も出来るようになった事は確かだが、しかしてそれは、フリードと共にでようやく自分と互角近い撃ち合いが出来る程度であり、牽制はある程度フリードに任せ、他者のバック・アップに勤めるものだろうと踏んでいたのだ。
(――――まあ、撃ち合いを止めたら、その時点で誰かに対してアクセル・シューターを撃つ気ではあるんだけれどね)
 自分を封殺せずに、他者のブーストを優先させれば、その分追跡誘導弾が、他者を襲うことになる。まあ、ジレンマだろうと納得はしていたが、どうにも腑に落ちない部分があるのも確か。
(さあ、なにを狙ってるのか――――)

《Master!!》
「――――え?」

 瞬間、本当に何が起きたか分からず、なのはに認識出来たのは、レイジング・ハートが急遽展開したプロテクションと、唐突に現れたエリオのストラーダが激突する衝撃だけだった。
「うおぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!」
「くぅ――――!?」
 さらに点火したジェットの推進を受けて、プロテクションは抗しきれず、一気に破砕する! 辛うじてその穂先を避けきったなのはの胸に、エリオの身体全体の体当たりが直撃した!
「あぐぅ!!」
「でぇぇええやぁぁぁ!!」

 バキィッ!!

 無理な体移動に身体中を軋ませつつ、エリオが繰り出した振り下ろしの一撃は、見事になのはを打ち据え、叩き落としていた。地面に叩きつけられ、なおも自分への追撃へと進むエリオを見て、そして、もうすぐそこまで来ているヴィータの姿を見て、ようやくなのははフォワード陣が立てた、あまりに大胆な策に思い当たった。
「駄目! ヴィータちゃん、キャロをフリーにしないでっ!!」
「――――あ!」
 常にない焦燥を滲ませるなのはの叫びに、ヴィータもまた思い至り――――しかし、もはや時すでに遅かった。


 キャロは、自分の無力を痛感しながら、しかしそれを恥じるのではなく、そんな自分へ好機を作ってくれた最高の仲間たちへの感謝の気持ちを溢れさせていた。
 ティアナがシグナムに叩き伏せられる姿を見た。
 スバルがフェイトの攻撃でボロボロになってゆく様を見た。
 エリオが、本当に際どい紙一重で、ヴィータの猛攻を凌ぐ努力を見た。

 何のために? ――――この時間を作るためだ!

 フリードに指示を出す。単独で行動して、なのはとヴィータを釘付けるように。
 そして、キャロ自身は目を閉じ、心を静めて詠唱に入った。

「天地貫く業火の咆哮――――」

 痛みを無視して立ち上がり、高速のクロス・ファイアでキャロを撃とうとしたなのはに、再び襲い掛かるエリオ! なのはは回避を余儀なくされ、収束しつつあったスフィアは霧散する。攻撃後の残心に、僅か隙が出来たエリオを打ち据えようとしたヴィータは、全速で迫って来た白銀の竜を見て、やむなく攻撃目標をフリードに切り替えた。

「遥けき大地の永遠の護り手――――」

 ティアナの砲撃は、シグナムの障壁に炸裂することなく、言わばシグナムを押し返していくような効果を見せていた。いきおい、シグナムの身体は強制的に弾き飛ばされ、着地が許された所は、なのはとヴィータ、エリオとフリードがいる戦闘域に程近い場所だった。
 それを見て、ストラーダのジェットがまた火を噴き――――飛んでゆく先は、牽制の大火球を吐き出すフリードの脇! 瞬く間に戦略的撤退を成功させたエリオは、同じくキャロの下へと駆けていたティアナと合流し、顔を合わせて親指を立て合う。

「我が元に来よ、黒き炎の大地の守護者――――」

 フェイトの目の前で、スバルが発動させた魔法は、思いも寄らないものだった。スバルにも、マッハ・キャリバーにも、普通なら扱うことの出来ない魔法。模擬戦を開始する寸前に、キャロの手によって施されたディレイ・スペル。スバルとマッハ・キャリバーの演算能力では、解凍し展開するのにも時間がかかってしまったが……墜とされる寸前、ギリギリの所で、それは発動した。
 そして、我が身を包む強制転送魔法に、フェイトは信じられないと言う表情をして、その姿はスバルの前から掻き消え――――なのはの隣へと転送を完了した! 
 なのはのアクセル・シューターと、グラーフ・アイゼンの一撃によって、フリードの巨体が弾き飛ばされ、力を失うようにその身を縮めていったのは、この瞬間だった。唐突に出現したフェイト、そして、砲撃によって飛ばされてきたシグナムと目を合わせ――――


「――――竜騎招来、天地轟鳴、来よ、ヴォルテール!」

 グゥゥォォォオオオオオォォォォッッ!!


 キャロの詠唱が完了し、その呼び声に応え、黒き守護竜がその身を現したのは、この瞬間だった。
「みんな、障壁、全力!!」
『――――っ!!』
 悲鳴にも似たなのはの叫びに、フェイトが、シグナムが、ヴィータが、息を飲みながら障壁を展開する。即座に展開される複合障壁! なのはとフェイトの前には、5層からなる錘のシールドが生成され、シグナムとヴィータが生んだそれもまた、常ならぬ巨大なものだった。その折に、一人離れた所にいたスバルが、合流点に近づきつつ、射程範囲から外れた所まで退避する。

 そして…………

『行けーーーーーーーーーっっ!!』
 ティアナが、スバルが、エリオが、そしてキャロが、声の限りに叫び――――ヴォルテールが、それに応えた!!

 ――――――――轟!!
『…………ぅぅぁぁあああああぁぁぁっっっ!!』

 音とも認識出来ぬほどの、圧倒的なプレッシャーがヴォルテールから迸る! それは、開戦直後の立場を逆にした巻き直しか。密集した隊長陣は、自分達の障壁を蹂躙せんとする凄まじい威力に、ただ声を張り上げて耐えるのみだった。

 ――――やがて、閃光が弾けた。

 

「……キャロの命に危機が迫った時なら、ヴォルテールはキャロの一声、いやそれが無くても一瞬で出現する。そやけど、そうでない時にヴォルテールを召喚しようとしたら、キャロは少なくとも20秒は、詠唱だけに集中する必要がある。そやから、模擬戦でヴォルテールの召喚を禁じる必要はあらへんかった。そないな時間、なのはちゃん達相手に作れるわけあらへん、そう思っとった…………」
 誰に説明するでもなく、ただ、自分と同様に目の前の光景に呆然とする、その場の皆と共有しようとするかのように、はやては一人ごちる。
「リインも……そう思ってたです。ティアナですか、こんなとんでもない事を考えつくのは…………?」
 続けたのは、やはり呆然とリイン。そして、ギンガが、ヴァイスが口を開く。
「でも……どれだけ信じられないことでも、あの子達はやり遂げた…………」
「ええ、さすがにこれは、決まったでしょう。あいつら、隊長陣に勝っ――――」

「――――まだだよ」

 割り込んできた小さな声に、ヴァイスは思わず口を紡ぐ。少し離れた別の場所から同じく模擬戦を観ていた3人、ヴィヴィオとシャマル、そしてザフィーラが、いつの間にか近づいて来ていたのだ。
「ヴィヴィオ、まだって?」
 はやてが尋ねると、ヴィヴィオは嬉しそうに笑う。
「なのはママも、フェイトママも、ふくたいちょーたちも、みんな強いもん! まだまだって、なのはママの声が聞こえてきたよ」
 その言葉に、4人は思わず戦場へ視線を戻す。はやてとリイン、そしてシャマルとザフィーラによって構成された、極めて頑強な結界さえも破壊しかねなかったヴォルテールの一撃。どうやら非殺傷ではあったようだが、その熱量や衝撃だけでも、隊長陣を昏倒させて余りあるはずのそれに、巻き上げられた粉塵が晴れつつある中…………4つの人影は、なおも健在と宙にあったのだ。

 

「…………ヴォルテールが……驚いてる…………」
 呆然と、キャロが呟く。ティアナも、スバルも、エリオも、何も言わずとも気持ちはヴォルテールと同じだった。いかに尊敬する隊長陣と言えども、ヴォルテールの一撃には幾らなんでも耐えられない、耐えられるはずがないと、そう信じていたのだ。しかし、粉塵晴れたその先には、各々大きく肩で息をしつつも、誰一人欠けぬ4人の姿である。魔力のオーバー・フローだろうか、バリア・ジャケットも騎士甲冑も、至る所が破損して、常からすれば無残なものだったが、しかしその瞳はよく知る輝きを湛えたままで――――真っ先に我に返ったのは、ティアナだった。
「キャロ、ヴォルテールに追撃の指示を! あたし達も一緒に押し切――――」
「――――させないよ」
『っ!?』
 遮るように間近で聞こえた言葉に、総毛立つフォワード陣。疾風は音すら置き去りにして、4人の身を痛打しながら舞い降りる! フェイトの身は、真ソニックの姿にあって、さらに金色の光を纏い、虚空を駆ける稲妻と化していた。
「くっ……!?」
 遅れてやってきた痛みに耐えつつ、スバルがフェイトに組みかかるが、再び鈍痛が走ったかと思えば、フェイトの身体は既に視界に無く、背後から聞こえるティアナの悲鳴である。真ソニック時の増強された知覚神経だからこそ出来る、ブリッツ・アクションの常時使用である事に気付けたのは、外から見ているはやて達だけか。自分たちを翻弄する稲妻に、4人はそんな理屈はおろか、急激なGに耐えながら攻撃を続けるために、全身に走る苦痛を必死に耐えているフェイトの表情にすら気付けないでいた。
《…………凄かったよ、4人とも》
 何とか次手を打とうとするも、為す術無く翻弄されるがままの4人に、優しい響きの念話が届く。
《ずっと注意を払ってた。ヴォルテールだけは呼ばせないようにって。それなのに、押し切られた。100点満点だったよ、みんな》
 常に無い賞賛の言葉にも、喜ぶ余裕すらなく、
《これが最後。わたし達が、まだ教えていなかったこと》
「く……っそぉぉぉ!!」
 渾身のクロス・ファイアも、スバルの拳も、エリオの槍も空を切る。キャロにヴォルテールへの指示を出す余裕を与えようとしても、スクラムを掻い潜って浅い一撃を加えてくるフェイトに、4人は完全に封殺されていた。
《キャロには、ヴォルテールを破られる場合も有るってことを。他のみんなには、ヴォルテール級の相手でも、やり方次第で倒せるってことを》
 ここでようやく、ティアナは気づいた。フェイトも限界以上の無理をしていることに。そしてそれが、フェイト1人で4人を封殺することで、3人がかりの全力でヴォルテールを倒そうとしているためだと言うことに。そう、隊長陣もギリギリなのだ。それぞれが限界以上の力を出さなければ、状況を打破出来ないほどに。しかし、ティアナは臍を噛む。それに気づけたとしても、目にも留まらないフェイトの動きに、何も出来ないことが悔しくて。


 ヴォルテールは、キャロからの指示を待っていた。正当な手順によって呼び出された以上、今回の戦闘では召喚主の指示に従うことが最優先である。しかし、召喚主が仲間諸共に封殺されていることも気づいていたし、自分の一撃に人の身で耐え切った相手を脅威にも感じていた。迷った挙句、ヴォルテールは今一度力を溜める。自らが護ると決めた召喚主に、勝利を与えるために。
 ――――しかし。
「悪ぃけどな、こっからはあたし達のターンだ」
 聞こえて来たのは、小さな声。しかし、幾星霜の時を重ねてきたヴォルテールは、初めて戦慄と言うものを覚えることになった。同時に、やはり自分は多少ならず混乱していたのだろうと自覚する。そうでなければ、これほどまでに膨れ上がる魔力に気づけぬはずもなかっただろうに、と。

「轟天――爆砕っ!!」

 それは、ヴォルテールの巨体からは死角になる部分、ほぼ真下に当たる所にいた、極めて小さな少女の声だった。もっとも、その言葉に応えるように、手にした鎚はみるみる巨大化しているのだが。

「ギガント……シュラーーークッ!!」

 ――――ドゴンッ!!

(――――――――!?)
 我が身を襲った恐るべき衝撃に、ヴォルテールは声も無く仰け反る。最終的にはヴォルテールとほぼ同等の大きさになっていた鎚が、凄まじい威力をもってヴォルテールの顎をカチ上げていたのだ! そして、高速で移された視界の途中で、上空から自分を狙う鋭い魔力を感じ――――

「駆けよ隼――――!!」
《Sturmfalken!》

 凛とした声に応える、冷たくも熱き言葉と共に、鋭さに威厳すら加えたような魔力は一気に膨れ上がる! それは一条の光線となり、ヴォルテールを撃ち抜き、爆ぜた!

 グァァァァアァァァ!?

「っつ……ヴォルテールっ!?」
 今度こそ、ヴォルテールが上げた苦悶の咆哮は、小さな痛みとなってキャロにフィードバックする。その痛みは大したものでないものの、ヴォルテールから伝わる痛みと戸惑いに、キャロは悲痛な叫びを上げた。それを受けて、今度はヴォルテールが奮起する。召喚主の信頼に応えるために、この身の最強を示すために。だが、瞳を開けてねめつけた先にいる白き魔導師は、そのヴォルテールの気迫をもたじろがせる程の、絶対的な力を収束していたのだ。
《結界内でヴォルテールの力が弾ければ、残留魔力はそれだけでも膨大なものになる》
「あ…………」
 念話で告げられた言葉に、ティアナの表情が色を失った。先程のヴォルテールの一撃、その時に弾けた魔力のほとんどが、なのはの前に収束していたのだ! そして、なのはの瞳が、凛としてヴォルテールを見据える。
「ブラスター……ワン!」
《Blaster set.》

 ――――ごぅ!

 なのはの身から、更なる強烈な魔力が噴出し、収束していた魔力をより大きく、洗練させてゆく。ヴォルテールは、慌てて自身も迎撃の準備に入るが、到底間に合うものではなかった。
「全力全開!! スターライトぉ…………ブレイカーーーーーっっ!!」
《Starlight Breaker.》

 ――――づどぐぉばごどぉぉぉぉっっっっん!!!!

「あーーーーーーっ!!」
「キャロっ!?」
 暴力的ともいえる、桜色の魔力の嵐が結界中を埋め尽くし、その奔流の収束点に見初められたヴォルテールがどうなったのか、それはフィードバックに悶絶するキャロの絶叫が、何よりも雄弁に物語っていた。
 光が収まるその跡に、ヴォルテールの巨体の姿は既に無く、超過したダメージによって強制的に送還された事は間違いのない事実だった。しかし…………

「ぁ………………」

 苦悶の声も少なく、なのはは空を舞う事はおろか、自らの足で身体を支えることも出来ず、その場に倒れ伏す。ヴォルテールを制する程の威力まで高めたスターライト・ブレイカーを撃ったのだ、それも当然、むしろそれで平然としているなら、人間を超越していることは疑いない。シグナムやヴィータにも、なのはが倒れたことによる動揺は無かった。そこまで全て、折込済みだったのだろう。犠牲も払わずに、短時間でどうにか出来る相手ではなかったのだ。


 いまだ翻弄されながらも、エリオはフェイトの速度が徐々に落ちていることに気付いていた。元より、ヴォルテールを倒すまでの封殺が目的だったのだろう。キャロがダメージのフィードバックに苦しんでいる今、この状況にシグナムとヴィータが加わってくれば、もはやフォワード陣に勝ち目は無い。そしてシグナムとヴィータは、ヴォルテールが送還されたのを確認して、既にこちらに向かおうとしている。それを知った今、エリオが取る道は一つだけだった。
「ティアさん、スバルさん、フォローお願いします!」
 エリオの声に、何とは応えない。ただ、その意志を汲み取って、フォーメーションを組み直す! フェイトには、そのフォーメーションの意味は分からなかった。ただ、それまでと同じようにヒット&アウェイを――――

 ドンッ!!

「う――――!?」
 何が起きたのか、一瞬分からなかったが、身体だけは反応していたらしい。ライオットによって反射的に受け止めていたストラーダの穂先に、フェイトは驚愕する。
(フェイトさんの性格なら、倒れてるキャロは狙わない! スバルさんが、僕を護るような位置に立てば、狙うのはティアさんだけに限られる! それが分かってれば、今の速度まで落ちたフェイトさんなら、捉え切れる!)
 狙い通りの結果に会心の想いを抱きながら、エリオは高々と叫ぶ。
「――――後は、お願いしますっ!!」
『――――!?』
 その言葉に、ティアが、スバルが、そして倒れていたキャロも起き上がり、弾けるようにエリオを見る。フェイトもまた、凄まじい力で自分を押し飛ばしていくエリオとの接触部が激しくスパークするのを見て、ようやくその狙いに気付いた。
「まさか――――エリオ!?」
「サンダー……レイジっ!!」

 バヂンッ!!

『――――っ!!』
 発動した魔法に、声も無く仰け反ったのは、フェイトとエリオ、両方だった。接触距離からのサンダーレイジ、それは相手のみならず、自分自身も効果の範囲内に入れてしまうことを意味する。そして、いかにエリオとフェイトが先天的に電気変換資質を持っているとは言えど、電撃によって受けるダメージがゼロになるわけではない。ましてや、全力のサンダー・レイジである。全身を駆け抜けた強烈な電撃は、二人の意識をほとんど刈り取ることに成功していた。
 なのはがほぼ無力化した今なら、高速機動に翻弄されながらの3対4よりは、完全に各々の相手への集中が許される状態での3対2の方が、フォワード陣が勝てる確率が上がる、そう判断したエリオの結論だった。
(玉砕覚悟で、わたしとの相打ちを成功させるなんて…………本当に、成長したんだな、エリオ)
 途切れかける意識の中で、弛緩した身体のまま、慣性だけで自分の身体を押し進めるエリオに、フェイトは幽かに微笑む。と、そこで気がついてしまった。自分の背後に迫る大木、弛緩したこの状態で、この速度のまま激突すれば、バリア・ジャケットを纏っていても危険だろう。しかし軌道を変えられるだけの魔力も意識も残っておらず――――フェイトは迷わず、我が胸にエリオをかき抱いた。自分はどうなろうとも、意識を失ったエリオにはダメージが届かないように。そして、背を強打するであろう衝撃に備え、静かに目を閉じて――――

 ふわ……

 身を包んだ、優しい浮遊感と、背中を支えるクッションのような感覚。ゆっくりと瞼を開いてみれば、遠くに見えるのは自分に向かってVサインをする親友と、その小さなパートナーの姿だった。
(ありがとう……はやて)
 感謝に頬を緩ませながら、フェイトは静かに意識を手放す。自分の胸に抱いたまま眠るエリオの呼吸に、どこか懐かしさを感じながら。


「テスタロッサが……!」
 フォワード陣の元へと辿り着く前に見えた光景に、シグナムは思わず息を呑む。その隣で、ヴィータもまた驚愕し、不敵に笑っていた。
「へ、本当にテスタロッサが最初に墜ちるとはな。それも、油断とかじゃなしに」
 シグナムと顔を見合わせ、加速する。想像以上に楽しく、素晴らしいものとなったこの死闘を喜びながら。

「スバル、しっかりしなさい! キャロ、いつまでそうしてるつもり!?」
 呆気にとられていたのは数瞬にも満たず、肩で息をするスバルと、いまだ膝を着いたままのキャロを叱咤するティアナ。
「エリオが作ってくれた勝機、無駄になんかしてられないわ! ラスト、行くわよ!」
「…………うん!」
「はい、まだまだ行けます!」

 キュォォォンッ!

 スバルとキャロに追随して、いつの間に戻ってきていたのか、その身の大きさこそ縮めたものの、まだ闘志は衰えぬフリードが合流する。3人と1匹の身体に蓄積されたダメージは、既に限界に近く……しかしシグナムとヴィータの2人とて、その疲労とダメージは浅かろうはずもない。もう目の前まで迫ってきている2人の姿を見て、ティアナが吼える!
「シグナム副隊長は私が抑えるわ! スバル、キャロ、フリードでヴィータ副隊長を押し切って! 私が耐えられてる内に!」
『――――了解!』
 ティアナ自身に最も負担がかかるその宣言に、逡巡はまさに刹那。スバルはウイングロードをヴィータに向かって伸ばし、キャロは即座にブーストを展開する。フリードは小さなその身をはためかせてスバルのサポートに回った。そして、ティアナのクロス・ファイアがシグナムとヴィータの間に着弾し、上手く二人を引き離す!
「うおおおおおおおおっっ!!!」
「りゃあぁぁぁぁぁぁっっ!!!」

 ガギッィィィィイィィィンッ!

 リボルバー・ナックルとグラーフ・アイゼンが、鈍い音を立てて噛み合う! キャロのブーストを受けて、消耗したヴィータとの力の差は無くなっていた。いや、むしろヴィータの方が僅かに圧されているだろうか。そこに、フリードの火球が飛来し、ヴィータは慌てて身を翻すが――――

 がづんっ!!

「ぐぅっ……!」
 中途半端な姿勢で避けざるを得なかったために、次いで繰り出したスバルの回し蹴りを避ける術は無かった。もんどり打って倒れこむヴィータに、なおも迫るスバルの追撃! たまらずヴィータは飛翔して、左手に握る3個の鉄球。
「……っのやろ!」
 飛来する鉄球は、慌てて回避に移るスバルを正確無比に追いかけ――しかし、キャロの撃ったシューターとフリードの火球がそれぞれ一つずつの鉄球を破壊し、残った一つはスバル自身がどうにか迎撃する。思った以上の効果を上げられず、唇を噛み締めるヴィータの息は切れ、もはや一切の余裕も無かった。


 ティアナとシグナムの戦闘は、ここに至ってもはや一方的だった。既に魔力も体力も限界のティアナに対して、シグナムはまだ余力が残っているのである。シュランゲの無力点を見極めることも出来ず、どうにか直撃を避けつつも無数の傷を身体に刻まれ、追撃を捌ききることも出来ずに、幾度と無く地面に叩き伏せられる。しかし、転がっても転がっても起き上がり、決して止めの一撃だけは加えさせないティナに対して、シグナムは感動と尊敬すら感じていた。
「強くなったな…………そして、ここまで良く頑張った。そろそろ、終わりにしよう」
「――――頑張った? 頑張っただけじゃ、駄目なんですっ…………!」
 シグナムの言葉に、しかしティアナはより一層の闘志を漲らせ、震える身体で再び立ち上がった。
「弱くて、甘くて、ちっぽけだった自分たちを、皆さんはここまで成長させてくれました。私たちに出来る恩返しは、皆さんを超えることです。自分たちの教えが、それ以上になって、次代に根付く様を見せたいんですっ…………! まだまだ、終わりになんて出来ないっ! まだ、私たちは超えてないっ!!」
「――――そうか」
 ティアナの慟哭のような叫びに、シグナムは優しく微笑みながら、今一度レヴァンティンを振りかざし…………

 ドンッ!!

「……っ!?」
 ティアナの放った大き目な魔力弾が、2人の間の足元に着弾し、大きく粉塵を巻き上げる。目をガードしながらも、ティアナの次撃に油断無く集中し――――粉塵が晴れたその光景は、幾人ものティアナの姿で埋め尽くされていた。
「幻像か……だが、やはり限界だな。結合が甘いぞ」
《それでも、一目で分かるほどに甘くしたつもりはありません!》
 本物の位置を悟らせないためだろう。念話によって告げられた言葉に、微笑で応えつつ、シグナムは手近にあった幻像を薙ぐ! その衝撃で、あっさりと幻像は消え失せて、息つく間も無くシグナムは次々と幻像を破壊して回る。それでいて、攻撃的な気配がどこかで膨れ上がるのを決して見逃すまいと、常に神経を研ぎ澄ましていた――――が、

 ぎゅっ…………!

「な――――!?」
「捕まえました、シグナム副隊長」
 一人の幻像を袈裟に切った瞬間、シグナムは我が身を背後から捕らえられる! 疲れきった表情で、しかし和やかに笑みを浮かべるティアナに。
「馬鹿な……何故っ!」
「敵意も何も無く、親愛の情だけで抱きつけば、気配もそうそう感じられるものではないでしょう?」
 ティアナの言葉に、シグナムは呆気に取られる。戦闘中に、そんな事が可能だとは、俄かに信じ難いことだった。よもや、そんな馬鹿げたことを考える者が、これまでいたはずもなく――――
「チェーン・バインド!!」

 ぎゅるんっ!!

「く…………!?」
「ぁ…………」
 ティアナの生み出したチェーン・バインドは、ティアナ諸共にシグナムに巻きつき、その動きを封じ込める! 即座にそれを解こうと干渉し始めるシグナムだったが――――
「チェーン・バインド!」
「な…………」
 さらに加わる、ティアナのチェーン・バインドで、術式はより複雑なものへと変わる。
「このまま…………スバルとキャロとフリードが、ヴィータ副隊長を押し切るまで待っていて下さい。後は、スバルのディヴァイン・バスターで私ごと撃ち抜いてもらえば、私たちの……勝ちです!」
「――――」
 シグナムにも分かっていた。ヴィータは、もはや限界に近い。3者の猛攻を凌ぎ切ることは出来ないだろう、と。そして、ティアナから感じるこの気迫、不退転のこの意志は、自分の力をもってしても、早々に破れるものではないと。シグナムの身体から、ふっ、と力が抜けた。
「本当に…………大したものだ。一つだけ聞かせてくれないか? ヴォルテール召喚前の15秒、遠隔射撃を使えなくなった理由は分かる。エリオに対するオプティックハイドと、ヴィータの周りに出していたフェイク・シルエットの操作のためだな。むしろ近接も、よくあの程度まで動けたものだ。だがその後、唐突にスピードが上がったように感じたが……あれはどんな手品を使ったんだ? まさかそれまでが手を抜いていたわけではあるまい」
「…………シグナム副隊長相手に、手を抜くなんて出来るわけありませんが、ある意味ではその通りです。自分の身体に、動きが3〜5%ほど悪くなる程度の、魔力付加をかけていました。それなら、全力で動きながらセーブできますから」
「――――はは、大した度胸だ。私相手にハンデを付けて戦おうとはな」
「ごめんなさい……決してシグナム副隊長を侮辱するつもりは…………」
「大丈夫だ、分かっているよ。そしてこの結果だ。もっと胸を張れ。
 ――――まあ、勝利を譲ってやることは出来ないがな」
 最初、シグナムの言葉を、ティアナは理解出来なかった。
「…………え?」
 遅れて、呆然と出たのはただの一文字。折りしもその時、爆音が聞こえて振り返れば、荒い息をつくスバルの前に、とうとう倒れ伏したヴィータの姿。キャロとフリードと一緒に、こちらに向かってくるスバルの姿に、シグナムは微塵の動揺も見せず――――
「本当は、お前を制してヴィータの救援に回るつもりだったのだがな。お前たちの健闘に対する報いとしては、この結末も悪くはない。最後にバトル・フィールドに残るのがただ一人で、勝敗を決すると言うのも、な」
 ティアナの脳裏に浮かんだのは一つの想像。しかし、ティアナはそれを認めるのを、我すらず拒否し、ただ力無く首を横に振っていた。しかし、その瞳に映る光景は、震える身体を大木にもたれかけて、レイジング・ハートをこちらに向ける不屈のエースの姿だった。
「昔、アコーズ査察官が、『エース・オブ・エース』と言うのを『勝利の鍵』と言ったことがあるが…………まさしくその通りだな。時間稼ぎをしたかったのは、お前たちだけではなかったと言うことだ」
「――――スバル、キャロ、離れてーーーーーーっっ!!」

 づごぁぁぁあああぁぁぁぁぁんっっ!!

 ――――ティアナの叫びは無常にも間に合わず、足を止めた2人と1匹を巻き込んで――――本日2発目のスターライト・ブレイカーが、その場の全員を意識ごと吹き飛ばし、24分に及ぶ戦いに終止符を打ったのだった。

 

 

「…………アナ、ティアナ!」
 遠くから聞こえてくるような声に、身体を揺すられる感覚、ティアナの意識は徐々に回復し、少しずつ自身の状況を思い出してゆく。
 模擬戦の開始、強襲の成功、シグナムとの一騎打ち、ヴォルテールの召喚、フェイトと相打ちになったエリオ、倒れるヴィータ、そして、視界に膨れ上がった桜色の奔流――――

 ばっ!

「わっ!?」
「模擬戦はっ!? 試合の結果はどうなったんですか!?」
 危うく頭をぶつけそうになり、慌てて上体を引いたなのはに、一心に詰め寄るティアナ。答えたのは、はやてだった。
「試合時間、24分16秒。なのはちゃんのスターライト・ブレイカーで、ティアナとシグナム、それにスバルとキャロにフリードも昏倒。結果、バトル・フィールド上に意識を保って残ったのは、なのはちゃんだけやった。本当に際どい所やったけど、隊長陣の勝ちやね」
「…………あ」
 はやての言葉に、ティアナの身体から力が抜ける。
「よく頑張ったわ、ティアナ。本当に……私も、一緒に戦いたかった」
「胸を張れって。俺ぁ隊長さんたちとも付き合いが長ぇけど、あんなに追い詰められてたのなんざ、初めて見たぞ」
 ギンガとヴァイスが、口々に健闘を讃える。
「実際、大したもんだよ。テスタロッサどころか、あたしまで墜とされるとは思わなかったぞ」
「よく考えて、練られてた作戦だったね。完璧だったよ」
「お前のせいで、私までスターライト・ブレイカーを受けることになってしまったんだ。この借りは必ず返すぞ」
 ヴィータが、フェイトが、シグナムが素直な感想を告げる。
「ティアさん、やっぱり凄いです!」
「ヴォルテールを呼ぶ時間を作れたのは、ティアさんのおかげです!」
「胸を張ろうよ、ティア。わたしたち、それだけのことが出来たって」
 仲間たちが、喜びに胸を震わせる。
「…………本当に、強くなったね、ティアナ」

 ぽと…………。

 師の言葉に、しかしティアナの瞳から溢れ出たのは、笑顔ではなく、涙だった。
「…………ぅ…………ぅうっ…………」
「ティアナ……?」
 やがてこぼれ出す嗚咽に、肩を抱いたそのままで、なのははティアナの顔を覗きこむ。
「勝ちたかった……です。だって、なのはさんたち、合わせてくれてた……わた、私たちの、やりたい事が、全部出来るように、って…………それなのに、勝てなかった……超えられなかった…………」
 ティアナの言葉は、正鵠を射ていた。隊長陣は、もちろん全力だったが、それはあくまでも、後の先としての全力であり、フォワード陣の戦略を封殺するようなことは、一度もしていないのである。
「模擬戦は、相手を完封しても仕方がないんだよ。互いが全力を出し切って、初めて意味があるんだから」
「それでもっ!!」
 自分の言葉を遮るようなその言葉に、しかしなのはは口をつぐみ、ティアナの言葉を待つ。
「わたしたちが、六課を卒業しても、頑張れるようにって! なのはさん、ずっと無理して頑張ってきてくれたのに! わたしたち、なのはさんに勝って、安心させてあげたかったのにっ! う……ぅううっ……!」
 半年ほど前の医務室前、フォワード陣はたまたま知ってしまった。J・S事件で受けたなのはのダメージを。本来なら、1年以上……出来れば2〜3年の休養を取ってもらいたいと、シャマルが告げるほどのダメージ。それでもなのはは、ティアナたちを高めることに、全力を尽くしてくれたのだ。
 スバルの拳を、なのはの障壁が受け止める度に、エリオとストラーダに、A・C・Sの極意を教えられるごとに、キャロのシューターが、その威力と精度を増してゆくほどに、そしてティアナが、収束砲のプロセスを伝授された時に――――4人は、心の中で涙を流し、師への返事を喉に詰まらせた。強く、優しく、誰よりも尊敬する師への、抱えきれぬほどの感謝に。
 自分の腕の中で、嗚咽し続けるティアナに、なのはは母のような優しい眼差しを向け――――一つ息を吐くと、そっとその額に指を運び…………

「えいっ!」

 びっす!!

「いだぁっ!?」
 唐突にかまされた一発のデコピンに、ティアナは思わず涙を忘れ、額を押さえて悶絶する。
「ティアナぁっ!!」
「……は、はいっ!」
 自分に向けられる師の厳しい瞳に、思わず背筋を伸ばすティアナ。
「わたしは、まだまだ現役です! それどころか、もっともっと強くなるつもりです!」
「――――はい!」
「たった1年間で、超えさせるつもりなんてありませんっ! それとも、ティアナはもうそこで、成長を止めちゃうの!?」
「……そんなこと、絶対に無いですっ!!」
「なら、超えてみなさい! わたしよりも早く成長して、勝ってみなさい! 待っててなんてあげないから、あなたは自分の力で、この先を目指してみなさい!」
「ぁ――――はいっ!」
「なら…………良し」
 そこまで言うと、なのはは語気と頬を緩めて、ティアナを強く抱きしめた。
「…………ぁ」
「ティアナ……ありがとう。わたしたちの気持ちに、一生懸命応えてくれて。もう大丈夫だよ、あなたはもう、持っているから。この先、どんなことが有っても負けずに、立ち向かい続けることが出来る強さを」
「…………なのは、さん…………」

「1年間……お疲れ様。よく頑張ったね、ティアナ」

「ぁ…………ぅ…………ううっ…………うわぁぁぁぁぁあああっぁぁぁぁぁんっっ!! なのはさんっ……なのはさんっ……わたし、わた、わたしぃ…………ぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁんっっ!!」

 泣きじゃくり、なのはに縋りつくティアナに、その場にいた全員の、優しい微笑みと、誰が叩き始めたのか、惜しみない拍手が送られる。もらい泣きに、少し涙をこぼす者が一人、また一人と増え出して…………その場は、世界で最も優しい嬉し泣きに包まれたのだった。

 

 ――――一枚の写真が有る。
 写っている者は、皆がボロボロで、煤けた顔に、痣だらけの身体。
 しかし、その全員の表情は、見た者全てが羨むほどに、晴れやかだった。

 

 

 


 ――――――――時は流れ

 

 

 


 何よりも熱かった24分間。その模擬戦より、数えて5年と少々。
 無人世界カルナージにおける、6対6の模擬戦は、いよいよ大詰めを迎えていた。
 実力伯仲の同ポジション戦が一息ついたその瞬間、攻め込んで来たフロント・アタッカーを返り討ちにした直後、なのはは自分に飛来する徹甲狙撃弾に気付くことが出来なかった。

 ぱこーんっ!!

「あいたーーっ!?」
 妙にコミカルな、しかしえげつない音とダメージと共に、自分の頭部を直撃した魔力弾に、なのはは思わず涙目になる。
「いっ……たぁ〜〜。この弾丸、ティアナっ!?」
 振り仰いだその先には、数秒前フリーにせざるを得なかった、相手センター・ガードの姿!
「――――アインハルト、よくやったわっ!」
 ティアナの背後に浮かぶスフィアは、実に30個以上を数え、その全てが激しくスパークして、その威力を物語る。
「おかげでチャージとシフトも完了! これが赤組勝利の篝火――――クロスファイア・フルバースト!」
 ティアナの魔法が次々と炸裂し、自陣の仲間たちを襲う中、なのはは一人冷静に、そのティアナが発動後にどこかへと姿を消してしまった事を訝しんでいた。
 フル・バックより作戦の開始が通達され、個々の選曲が大きく変わり始めたとき、なのははティアナの狙いを看過する。そして、それぞれが各員に通達するのは、ほとんど同時だった。
「青組各員! 作戦通達!」
「防戦しながら、戦闘箇所をなるべく中央に集めて下さい」
「収束砲で、一網打尽にします!」
「収束砲で、一網打尽にするから!」


 星が、集う。二人の砲撃手の元へ。
 かつて教えた星の光と、かつて受け継いだ星の光が。
 今はただ、一歩も退かぬ各々の光となりて――――


『スターライトぉ…………ブレイカーーーーーーーっっ!!!』

<了>

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