常日頃から清潔に洗濯された絨毯が、天窓から射す陽光に匂い立ち、心地良い清涼感を演出する。バルコニーを超えて聳える年寄りの大樹は、そよぐ微風に枝葉を擦らせて静かな音楽を奏で、朝の静けさの中に命の息吹を呼び覚ましていた。
「――――お嬢様、お目覚め下さい」
 天蓋付きのベッドの中、上質な羽毛がこれ見よがしにカバーを膨らませる極上の布団に包まれていた少女は、年若い執事が声を掛ける5分も前から、既に眼を覚ましていた。しかし、そのまま狸寝入りを決め込み、執事の言葉など聞こえていない風を装う。
「お嬢様……起きておられる事は分かっているのですよ?」
 半ば呆れているかのような執事の口調にもめげずに、少女は頑として返事をしない。やがて、執事は諦めたかのように一つ嘆息し、居住まいを改めて口を開いた。
「起きて下さい――――キャロ」
 耳を撫でる鈴音のような響きに誘われて、少女――――キャロは眼を開き、微笑んだ。
「――――おはよう、エリオ。良い朝ね」


 【魔法少女リリカルなのはSS『この少女、色々と危険につき――――』】


「――――大体、栄えあるルシエ家の執事ともあろう者が、主人の御名前を呼び捨てにするなどと…………」
 薄絹の幕一枚で隔てられた先から聞こえてくる、肌触りの良さそうな衣擦れの音を聞かぬようにしながら、若執事――――エリオは滔々と愚痴をこぼす。着替え一つを取っても、この状況で妥協させるまでにはそれなりのせめぎ合いが必要なのだ。
 ――――お嬢様、お召し物をお着替え下さい――――一人じゃ大変だわ、手伝ってエリオ――――なりません、もう少し恥じらいをお持ち下さい――――そんないじわるを言わないで――――どうしてもと言われるのでしたら、メイド長のレティ・ロウランをお呼びしますが――――…………一人で着替えます。
 しゃっ、と音を立てて幕が開かれると、13歳のあどけなさを清楚な洋服で包み込んだキャロが膨れていた。
「もう、エリオは一々細かすぎるのよ。わたしがそう呼んで欲しいと言っているのに、それを拒否すると言うのは、不敬にあたらないの?」
「それはそれ、これはこれでございます。いくら主人の命と言えども、引かねばならない一線があるのが執事なのですよ――――お嬢様」
「また――――ふぅ、もう良いわ。朝食にしましょう」
 物心着いた頃より仕えられてきた、この兄のような青年に、口ではいくら捲し立てようとも叶わない事は、不承不承理解するところではあった。嘆息一つ、キャロが歩き出すと、即座にエリオはその行く手を遮る扉を開ける。
 ――――と、

 どんがらがっしゃーーーん!!

「――――ひぇぇぇぇっっっ!! どどどどうしようっ!? やっちゃった、やっちゃったよティア!」
「――――な、だ、こ……こんのバカスバルっ!! お嬢様の御朝食、いったいどーすんのよっ!!」
 廊下に足を踏み出すや否や聞こえて来た悲鳴と罵声に、二人は顔を見合わせて足を速めてた。その先には、廊下にへたり込んで泣きべそをかく青い短髪のメイドと、その少女を憤怒の形相で足蹴にする橙色ツインテールのメイドがいた。その前では、今日の朝食と思われるものが無惨に散乱している。
「…………これは、またですかスバル?」
「あひぃっ!? ごごごごめんなさいモンディアル様! わ、わざとじゃないんです本当です、いやわざとじゃないとかそんな問題じゃなくてああああああ」
 見事にテンパっている少女を前に、元々呆れ顔だったエリオの表情が、さらに疲れを増した。
「まったく…………だから料理を運ぶときは、マッハキャリバーを脱ぎなさいと常日頃から言っているでしょう」
「申し訳ありません、モンディアル様。すぐに料理長に申し付けて替えをお持ちしますので――――」
 ツインテールが言うが、その手に前菜と思しきスープだけが残されているのをみて、エリオは皆まで言わせずに口を開いた。
「二人とも、ここは良いですからお嬢様をお連れして食卓へ行きなさい。――――お嬢様、申し訳有りませんが少々お待ち下さいませ」
 一礼して歩き出したエリオを見送りながら、キャロはまだべそをかいている少女へと声をかける。
「――――スバル」
「ひゃいぃぃっっ!! すみません何て言うか生きててすみませんお嬢様ーーっっ!!」
「落ち着きなさいっての」
「あいだぁっ!?」
 ツインテールの尖った拳によって、辛くも落ち着きを取り戻した青髪メイドに向けて、キャロはイイ笑顔でサムズ・アップした。
「グッジョブよ」


 所変わって、ルシエ家の炊事場。
「…………そかー、またやってもうたんかあの子ぉは。悪い子やないんやけど、ちょっとあわてんぼさんなんが玉に傷やね。モンディアルさん、ちょお待っててな。すぐに作り直すわ――――」
「――――それには及びませんよ、シェフ。あなたの手を二度煩わせるのも忍び有りませんし、お嬢様を待たせてはいけませんので…………僕がやります」
 人好きのする笑顔で、自作の料理の訃報にも眉すらひそめなかった小柄な女性が、エリオの言葉を聞いて驚きと期待に眼を見開いた。
「へえ、モンディアルさんが作ってくれるんかー! ほんなら久々に、お手並み拝見と行こーかな」
 期待に眼を輝かせて、料理長は喜々と調理台を明け渡した。
(――――確か、スープはコーンベースだったな)
 唯一の生還者、スープの種類と量を頭に浮かべながら、エリオは厨房を見渡し、食材や調理具の在処を今一度脳裏に走らせる。

 ――――そして、稲妻となった。

「――――お、お、おーーーーっ! 相変わらず凄いなー…………」
 ギャラリーに徹していた料理長と、他数名の料理人が、その手腕――――などと言う表現では到底足りていない動きに舌を巻く。一つ手が閃けば何故か野菜が短冊に切り揃えられ、数種類の調味料だったはずのものは、気がつけばドレッシングに進化していた。オーブンまで感化されたのか、信じられない速度で焼き上がったパンが香ばしい湯気を立て、卵など、瞬きした直後には鮮やかなサニー・サイド・アップを形成していたのだ。
 調理開始から、わずか3分。それが、名うての料理長を唖然とさせる朝食を作るために要した時間だった。
「お騒がせしました、それでは――――」
「あ、モンディアルさん!」
 自ら料理を持ち、退出しようとしたエリオは、料理長に掛けられた声で足を止める。
「なんでしょう?」
「あんた、一体どこでそんな技術を修得したん? 出来ればわたしも教えてもらいたいわ」
 料理長の言葉は、裏腹に答えを期待した風では無くて――――
「――――ルシエ家の執事として、当然の嗜みですよ」
 エリオはただ、そうとだけ残して厨房を去るのだった。


 エリオの作った料理によって、大層に満足する結果となった朝食も終え、日々の小事をこなしながら迎えた午後。ホストの席に着くキャロから、燭台を挟むようにして向かいの席に腰掛ける男の姿があった。予定になかった来客である。男はそれなりの美丈夫で、黙っていればそれなりに人好きもしそうな顔立ちをしていたが、いかんせんその表情と言動が全てを台無しにしていた。
「――――それで、結局あなたは何を言いたいのですか?」
 苛立ちを隠そうともしないキャロの言葉に応えた風もなく、世界の全てを斜に見るようないやらしい嘲笑を浮かべ、男は我がもの顔で弁舌を続ける。
「いやなに…………総じて見て、我々は似ていると言っているのだよ。私は蒐集した英知と代々蓄えわれてきた研究をもって、有能な『人材』を創ろうとしている。そして君は、蒐集した才能と代々継承してきた血脈をもって、更なる一歩を踏み出そうとしている。そう考えれば、悪い話ではあるまい? 私に少しばかりの援助をしてくれるだけで、君の未来はさらに拓かれる事になるのだから」
「それで――――犯罪を扶助するような資金を出せ、と。話しになりませんね」
 白衣の男に対して、毅然と言い放つキャロだったが、男はあくまでもその姿勢を崩さない。
「話になるのだよ。犯罪を扶助、そう言ったね? 空々しいことこの上ないな。自身が犯している罪を捨て置いて、そのくせ君達は、自分以外の者が犯す罪に対しては非常に敏感だ。君の母君が何をしているのか、知らぬわけでもあるまいに」
「――――っ!? 何のことですかっ! わたしの母様を侮辱するのでしたら、客人とは言え赦しませんよ!」
「さあ、何の事やら分からないが、何の事でもあるだろうさ。土台これほどの資産を維持してゆくために、綺麗事だけで済ませられると本当に思っているのかね? だとしたら、次代のルシエ家はとんだ砂上の楼閣に過ぎないだろうなあ。光が強いほど、影もまた濃くなるものなのだよ?」
「そんな…………母様はそんな…………」
 狂気の瞳で見透かすように話してくる男に対して、キャロの表情は次第に怯み、色を失ってゆく。生まれてから抱いた事などなかった疑念が、初めてキャロの胸に湧き立ち――――

 ――――づがらがしゃーーーーーんっっ!!

『――――――――っっ!?』
 唐突に響いた大音量に、キャロと白衣の男、そして傍らに控えていたメイド達が一斉に立ちすくんだ。中でも白衣の男は、眼前を横薙ぎに飛んで行った物体を目で追うことすら赦されず、完全に硬直している。その物体とは、エリオがいつの間に手にしたのかも分からぬ長大な槍で打ち飛ばした、燭台の一つだった。白衣の男には傷こそついていなかったが、燭台が過ぎた風で、前髪がいまだにたなびいている。
「――――失礼。燭台に傷が有りましたので、お目汚しになる前に廃棄させて頂きました」
「な……………………」
 見れば確かに、粉々に砕け散った燭台は唯一開いていた窓より飛び出し、外にて待機していた庭師によって片付けられていた。
「――――お客様、確かに資産家の家柄と言うものは、そのような誤解を受けがちですが…………月並みな言い分ではありますが、ルシエ家は違います。どこに行っても胸を張れる生き方で、富を培って来たこのルシエ家だからこそ、メイド一同…………僭越ながら私も踏まえ、誇りを持ってお仕えしているのですよ?」
 エリオの言葉は、丁寧でこそあったが、有無を言わせぬ迫力に満ちていた。そして、その後押しを受けて、毅然を取り戻したキャロがはっきりと、告げる。
「――――これ以上話すことはありません。お引き取り下さい」


 招かれざる客を追い返し、自室にてキャロは、疲れた身体を休ませていた。
「…………頭の痛い時間だったわ。エリオ、今日の予定はどうなっていたかしら? 出来れば少しでも減らしたいわ」
 主人の問い掛けに対し、手帳などをめくることもせず、エリオは流暢に応える。
「本日の予定は習い事に偏っております。バイオリン演奏、フラワーアレンジメント、それから――――騎竜の稽古ですね」
 反応を見るように、一呼吸置いてからエリオが言うと、キャロの表情が予想通りに明るくなる。
「エリオ、他の予定はキャンセルよ。騎竜の稽古に行きましょう! こんな時は空を駆けるに限るわ!」
 ほぼ一言一句予想通りだった主人の言葉に、苦笑一つ漏らさずにエリオは深々と頭を下げ、手続きへと向かった。

 飛竜種は次第にその数を減らしているが、ルシエ領内ではその限りではない。中には人に慣れた個体もいて、その飛竜に跨り空を駆けるのは、この地方独特の嗜みとなっていた。
 青い鬣に白の体躯を持つ小型の竜に跨り、キャロはいかにも気持ち良さそうに空を駆けていた。
「――――ああ、やっぱりフリードリヒの背中は最高! 嫌なことも何もかも、風に流されて溶けてゆくみたい!」
 幼い頃から共に育ってきた愛竜フリードリヒの背で、空の風を一身に受けながら、キャロは器用にその手綱を操る。エリオは少し離れた後ろから、フリードリヒよりも一回りは大きな黒き竜に乗って、主人に付き従っていた。本当は共に乗るのが一番安全ではあるのだが、キャロは自分の手でフリードリヒを駆るのが何よりも好きなので、やりたいようにさせているのである。
「お嬢様、お気持ちは分かりますがあまりはしゃぎ過ぎませぬよう。一つお間違いになられると、大変な事になりますからね」
「分かっているわエリオ。…………そうだわ。エリオ、あの杉の木までどちらが先に着けるか競走よ! 良いわね、用意スタート!」
 ――――まったく完膚無きまでに分かっていらっしゃらない! 喉元まで出かかった言葉を嚥下しつつ、エリオは騎竜ヴォルテールを駆り、その後を追う。キャロの操竜技術は極めて高い水準であるため、そうそうに危険な事など起こりはしないだろうと。
 …………そう思っている時ほど、『そうそうに危険な事』は起こるものなのである。
 今しも、キャロが指定した杉の木に辿り着くと言う瞬間だった。

 ――――ばさばさばさっ!!

「――――きゃぁっ!?」
「お嬢様っっ!!」
 杉の木から飛び立ったのは、大型のガルーダだった。どうやって身を隠していたのか、葉々の中に器用に収まっていたガルーダは、飛竜種の接近を見て取って、慌てて安全な所へと飛び立とうとしたのだ。
 ――――竜に当たらぬギリギリの所をすり抜けて。
 結果、キャロの身体は羽ばたきに煽られて、エリオが見守る中、その身は宙へと投げ出されてゆき――――
「――――キャローーーーーっ!!」
《Explosion.》
 再び、いつとも知れぬ内にエリオの手に握られる長大な槍。その槍が一言発すると、文字通りの爆発的なロケット噴射が、エリオの身を押し出した! その勢いを身に受けて、エリオはヴォルテールの背を――――蹴る!
 空中でキャロを追い越して、着地の瞬間に強烈な逆噴射をかける。膨大なGに意識を刈り取られそうになるのを、エリオはギリギリで耐えきって――――再び跳んだ! そして、今まさに地面に叩きつけられそうになっていたキャロは、寸での所でその身を横抱きにさらわれる。
「……………………あ……えりお?」
 身を襲うはずの痛みが来なかった事に、訝しむこともなく、キャロは震える唇を開く。
「はい、大丈夫ですかお嬢様?」
 自身もかなりの無理をしたことをおくびにも出さないエリオに、キャロもまた健気に微笑んだ。
「大丈夫よ…………きっと、助けてくれると信じてたもの。さすがね、エリオ」
「これくらい――――ルシエ家の執事として、当然の嗜みです」


 結局、キャロはその後の予定を全てキャンセルし、早めの時間に床に就く事となった。大事など有ろうはずもなかったが、念には念をと言う事である。
「――――今日はありがとう…………いえ、今日もと言うべきかしら。随分と助けられたわ」
「勿体ない言葉です」
 涼しげな顔で礼をするエリオに微笑み、キャロは身を横たえる。キャロはその体勢から見る、エリオの顔がたまらなく好きだった。上目遣いに見上げるエリオは、5歳の差を確かに感じさせるほど大人びて、余裕と自信に満ちているのだ。いかにも紳士然としたその様を目にするたび、キャロはより深く、エリオへの想いを強めてゆくのである。
 けれども、いつも子供扱いをされているのも、それはそれで悔しいものだ。だからキャロは、こうしてそのポーカーフェイスを崩しにかかるのである。
「ねえエリオ、今日最後の一仕事、頼まれてくれるかしら?」
「仰せのままに」
 キャロの身体に残るのは、自分を抱き上げたエリオの逞しい腕心地。その感触を胸に思い出しながら、キャロは口を――――開いた。


「それでは――――エリオ、今宵の夜伽を命じます」

「(゚Д゚)」


 こうか は ばつぐんだ!


「ちょ、ま、キャ、おじょっ、ぅえっ!?」
「ふふふ、大人びててもまだまだ子供ねエリオ」
「5歳上だから僕っ!! うわやめベッドにひきずりこむなうわあああああ!?」
「いつまでも子供だと思ったら大間違いよエリオ。大人の階段上りながらわたしはシンデレラなんだから」
「意味が分からない意味がってだからズボンをひっぱるなぁあぁああああああぁぁあぁぁぁ……………………」

 ………………………………。
 …………………………。
 ……………………。
 ………………。
 …………。
 ……。
 。

「………………ふふ…………可愛いわエリオ…………もうこのまま食べちゃおうかしら………………」
「…………なんだかすっごく関わりたくない寝言を呟いてるけれど…………かと言ってこのままにしとくのもなぁ…………」
 自分のベッドの上で、何やら不穏当な発言を繰り返しつつ身悶えしているパートナーを見ながら、エリオは気怠そうに頭を掻いた。同時に、思い出す。最近は密猟者が増え、働き詰めだったキャロが昼間から大欠伸を連発していた事を。そんな様子を見て、仕事を肩代わりして先に上がらせたわけだが――――どうやら既に遅かったらしい。
「えーと…………てい」

 びっす。

 とりあえず、その額に軽くチョップ。どうやら眠りは浅かったらしく、ただそれだけでキャロはパチクリと瞬いて、エリオの目をじっと見つめる。そして、口を開いて、
「あらエリオ、まだ服を着ているのね。しょうがないからわたしが…………」
「起きろて」

 びっす!

「うにゃっ!? …………ん…………あれ、エリオくん? あれ、わたし…………どうしてたんだっけ…………?」
 強めのチョップによって、ようやく覚醒したキャロは、辺りをきょろきょろと見回し、寝ぼけまなこを擦る。
「えーとね、そこ、僕のベッドなんだ。キャロ、疲れて眠っちゃってたみたいでさ」
「えっ!?」
 言われて初めて、キャロは自分が寝間着にも着替えず、エリオのベッドで寝てしまっていた事に気付く。
「ご、ごめんねっ!? あちゃー…………やっちゃった…………今どくから」
 いそいそとベッドから降りて、布団を調えるキャロ。その表情は、相思相愛の想い人に不甲斐ない面を見せてしまった恥ずかしさで、赤く染まっていた。
「なんでこんな…………なんだかすっごく長い夢見てた気もするし…………それにしても、変な夢だったなぁ。エリオくんが執事で、ティアさんやスバルさんがいて…………フリードに乗ってて…………墜ちて助けられて…………ベッドで…………ベッドで――――っ!!?」

 ぼんっ! と、キャロの顔が真っ赤を超して燃え上がる。
「エエエエリオくくくんっっ!!? わたわたわたし、なんかんかっかなんか変な事とか呟いたり呟かなかったりしなっしなしなしなっっ!!?」
 もはや言葉にもならず、凄まじい勢いで捲し立てるキャロに、思わずエリオは目を逸らし――――頬を赤く染めた。
「や…………まぁ…………その…………わりと?」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっっっ!!!!!」
 今度は、蒼さえ通り越して土気色に褪めてゆくキャロである。そして、この世の終わりかのような虚ろな眼で、半分以上はみ出してる魂と共に、ぽつぽつと、しかし早口に呟き始めた。
「――――天地貫く業火の咆哮――――遥けき大地の永遠の護り手――――我が元に来よ――――黒き炎の大地の守護者――――」
「待てええええええええいっっっ!!!? ストップ! キャロすとっぷっ!! だだだだ誰を召喚しようとしてるのさっ!!?」
「放してーーーっ!! もうお嫁に行けないんだからーーーっ!!」
「無理心中禁止っ!! 落ち着いて! 大丈夫、忘れるから! 全部忘れたからっ!! ほら、覚えてなーい覚えてなーい…………」
「…………いやあああああああああああああんっっっ!!!」

 ――――どすん、ばたん、と夜更けに騒がしい部屋を外から眺め、ミラとタントは互いに顔を見合わせた。
「…………なんて言うか…………」
「…………平和だねぇ…………」

 ――――了。

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