【魔法少女りりかるなのはSS『座して待ってはいられない』】
    ※時空管理局通信Vol.17投稿作品加筆修正版。

 既に陽も沈み、窓から差し込むのは仄かな街灯の篝火のみとなった中にあって、私立聖祥大附属高校のコンピューター室では、いまだぼんやりとしたディスプレイの明りが灯り、キーボードを打つ軽快な音が鳴りやまないでいた。もっとも、音としてはそれだけでもない。時折、頭を掻きむしる苛立たしげな擦過音や、コーヒーか何かの缶を机に叩きつけるような音、そして極めつけには「むがーっ!」などと、言わずもがなな怒声が上がっていた。しかも、声そのものは清澄な少女のものなのだから、恐れ入る。
 やがて、廊下から物静かな足音が響き、その部屋へと近づいて来るが、怒声の主たる少女――――アリサ・バニングスは気付かない。
「――――アリサちゃん? まだ残ってたんだ」
 ややあって、ドアを開いて入ってきた少女、月村すずかが些か驚いたように声を掛けるが、アリサは依然としてディスプレイとにらめっこをしたまま、手を上げて生返事を返すにとどめる。気にした風もなく歩み寄ったすずかは、何気なくディスプレイの中を覗き込んで――――
「…………『後進世界における先駆的魔法理論』?」
 自分が書いたものとは言え、改めて口にされると少々気恥ずかしかったのか、ほんのりと頬を染めながらアリサは大きく伸びをする。
「…………まーね。ちょっと本腰入れて、考えてみようと思ってさ」
 あまりはかどってはいなかったのだろう。書かれている項目はまだ少なく、それらの殆どが空欄のままとなっている。
「突然と言えば突然だね。何かあったの?」
 すずかの言葉にアリサは瞬間口ごもりかけ、すぐに胸を張って応えた。
「なーに、バニングス・コーポレーションの次期社長としては、今後の発展を考えて、常に一歩先を見据えていないといけないって事よ。魔法をなのは達が使ってるような魔法が一般に流布したら、どんなメディアにも需要が溢れるに決まってるでしょ? 先物買いってやつよ」
「でも、なのはちゃん達の話によれば、私達の世界は『管理外世界』って言って、過剰な技術を持ち込むことは禁止されているんだよね? アリサちゃんがそうしてることで、なのはちゃん達が上の人に怒られたりしないかな?」
 すずかの言葉にも、アリサは気楽に手を振る。
「大丈夫でしょ。確かになのは達が率先して教え始めたり、魔法学とかの情報を漏洩したりしたらまずいだろうけれど、あたし達の世界であたし達の知識や想像力の範囲内で研究する分には。それって、究極的にはただの進歩なわけでしょ?」
 少し考えてアリサの言葉を反芻した後、すずかは淡く微笑んだ。
「……そうだね、大丈夫かも。間違ったことは言ってないものね」
 我が意を得たりとばかりに殊更胸を張り、アリサは残っていたコーヒーを口に含み――――
「――魔法が認知されれば、なのはちゃん達、こっちの世界でももっと伸び伸び出来るしね」

 ぶふぅぅぅぅぅぅぅっっっっっっ!

「…………ひどいよ、アリサちゃん」
 プロレスの実況がいれば「毒霧決まったーーーっ!」などと叫びそうなほど、見事に噴射されたコーヒーを身に浴びて、さしものすずかも、うっすらと涙目になる。
「げ、ほ、ご、ごめんっ……! てかすずか、あんた、なにっ…………!」
盛大にむせかえるアリサの前、取り出したハンカチで顔や服を拭いながら、すずかは悪びれなく微笑む。
「利益とかそんな事じゃないでしょ、アリサちゃんの行動理念は。知ってるよ、なのはちゃん達がこっちで暮らしてた頃から、ずっと気にしてたって。『普通と違う』って思いを絶対にさせないように、いつも気を遣ってたもの」
「な、な、な、な、な…………」
「もちろん、アリサちゃん自身は気にしてないし、なのはちゃん達も目標を持ってやってたから、そんな心配は要らないって分かってはいたんだけど、それでもお仕事でなのはちゃん達が学校の行事に出られなかった時とか、仲間内で似たようなことをやってみたりして、疎外感を抱かなくて良いように計画してみたりとか、本当に一生懸命だったもんねアリサちゃ…………」
「すとーっぷ! あたしを恥ずかしさで悶死させたくないのなら、今すぐその口を閉じなさいすずかっ! さもないと、どうなっても知らないわよ!」
 何とも不可思議な脅迫を受けて、苦笑しつつも素直に口を閉じるすずか。なお赤い顔で目を逸らしつつ、アリサはブツブツとぼやく。
「…………ったく、察しが良いにも限度ってものが有るでしょうが。なに、読心術? それともそんなに分かりやすいのかしら、あたしって…………」
 アリサが分かりやすいのは本当の事だが、それはおくびにも出さずにすずかは再び口を開いた。
「それで、進んでる?」
 話しが変わったことに安堵しつつ、アリサは大きく溜息を吐いた。
「見ての通りよ。最初の段階で一番基本的な所に詰まっててねー。そもそも、魔力ありきで魔法が生まれたんだとすると……あたし達には、なかなか無理難題だからさ」
 アリサのその言葉を受けて、すずかはしばし黙考し、
「…………多分、大丈夫じゃないかな?」
 おずおずと出たその言葉に興味を引かれ、アリサが前のめりになる。
「ミッドチルダにも、機械文明があって…………それから現在の魔法文明に進歩したわけだよね? なんて言えば良いのかな……なのはちゃん達の魔法って、何か良くわからない力でどばーって使ってるんじゃなくて、幾何学的な学問の延長で構成してるって言ってたよね? だったら、体内か空気中かは分からないけれど、その魔力を関知した人がまずいて、それに干渉する技術を生み出した、って事じゃないかな。だったら、まずわたし達が、その魔力を認知する方法を見つければ、わたし達自身に魔力が無くても、研究は進められると思うんだけど…………」
 ぽかーんと口を開けるアリサの前で、すずかは所々自答しながらも、滞りなく考えを述べる。
「…………すずか、あんた頭良いわねー……小学校の頃は、理数系に関しては平均的だったと思うんだけど…………」
「――――わたしだって、なのはちゃん達の友達なんだよ?」
 にっこりと微笑みつつも、挑戦的に言うすずかの言葉に、一瞬呆気に取られて――――ようやくアリサは納得し、ニヤリと笑顔を浮かべる。
 そう、考えている事が同じだったからこそ、わかりやすい自分の考えなど、全てお見通しだったと言うことだ。
「どっちが先に解明するか勝負よ――――って、昔のあたしなら言ってたかも知れないけれど、それも水臭い話よね」
「うん、一人より二人。一緒にやってみようよ、アリサちゃん」
 どちらからともなく手を握り、またディスプレイへと目を向ける。
 夜はなおも更けていったが、友情と探求心に燃える二人の灯火は、煌々と輝きを増すのだった――――。

 ――――了。

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